カタパルトスープレックス

興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

『ライトハウス』映画レビュー|モノクロとスクエアフォーマットが織りなす心理的圧迫感

ロバート・エガース監督の2019年作『ライトハウス』は、ウィレム・デフォーとロバート・パティンソンが出演する、心理ホラーともいえる異色の作品です。単なる恐怖体験にとどまらず、人間の根源的な心理と社会的な問題を深く掘り下げています。

あらすじ|灯台に閉じ込められた二人、次第に壊れていく精神

19世紀末の孤島に送り込まれた若い灯台助手エフレイム(ロバート・パティンソン)とベテラン守り手トーマス(ウィレム・デフォー)。激しい嵐によって島に閉じ込められ、外界から隔絶された二人の精神は徐々に不安定になっていきます。夜な夜な灯台のてっぺんへ登るトーマスを見つめるエフレイム。やがて嘘、幻想、妄想、そして暴力が入り混じった狂気の共同体へと堕ちていきます。

お互いの正体や実在さえ揺らぐこの閉鎖空間は、二重人格や心理的分裂を思わせる描写へと展開し、観る者に「誰が語る物語なのか」「本当の現実とは何か」を問いかけます。睡眠不足やアルコール摂取も相まって、この極限状態が人間の精神を蝕み、狂気へと駆り立てる様が容赦なく描かれています。

テーマ|多層的に織り込まれた人間の根源的な問い

『ライトハウス』は、複数のテーマを多層的に織り込むことで、観る者に深い考察を促します。監督が特に探求したのは、男性性と労働の関係性、孤立と狂気、そしてアイデンティティと真実の曖昧さです。過酷な灯台守の労働を通して、男性のアイデンティティがいかに労働に結びつき、それが失われたり歪められたりしたときに男性性が変質していく様を描きます。孤島という閉鎖空間での極限状態は、現実と幻想の境界を曖昧にし、狂気へと駆り立てる様子を詳細に描写します。

さらに、この映画は「信頼できない語り手」の視点を取り入れることで、観客に「何が真実なのか」を常に問いかけます。名前の重複や、それぞれの人物が持つ影の部分(ユング心理学の「シャドウ」)の表出を通して、人間のアイデンティティが流動的で多層的であることを示唆しています。

加えて、監督はギリシャ神話(プロメテウス、プロテウスなど)や聖書の寓話、海洋の伝説などを巧みに織り交ぜ、神話と寓意を作品に深めています。カモメは死、人魚は欲望、そして灯台の光は神性や禁断の知識を象徴します。これらの要素が、単なるホラー映画にとどまらない人間の存在意義や運命への問いを投げかけるのです。

キャラクター造形|対比と鏡像、そして心理的表裏一体の表現

ウィレム・デフォー演じるベテラン守り手トーマスと、ロバート・パティンソン演じる若い助手エフレイムは、単なる年齢差を超え、作品のテーマを深く体現する存在として描かれています。トーマスは古くからの権威や「父」の象徴であり、灯台の光を独占し、その厳格な支配を通してエフレイムを抑圧します。彼の汚く、時に下品な振る舞いは、人間の原始的な本能や抑圧された欲望、そして「シャドウ」としての側面を強く示唆しています。

一方、エフレイムは過去を偽り、新しいアイデンティティを築こうとする若者です。彼が灯台守という肉体的に過酷な労働に身を投じるのは、罪悪感からの逃避や新たな自己の確立を求める試みとも考えられます。トーマスとの共同生活は彼に精神的、肉体的苦痛をもたらし、エフレイムの苦悩は現代社会における若者のアイデンティティの揺らぎや、過酷な労働環境に置かれた人間の脆さを映し出しています。

二人の関係性は単なる主従関係にとどまらず、閉鎖空間の中で依存し合い、次第に精神的な境界が曖昧になります。互いに憎み合いながらも、トーマスがエフレイムの幻覚として現れたり、逆にエフレイムがトーマスの過去を追体験しているかのような描写が見られます。これは、ユング心理学における「影(シャドウ)」の概念を通じて解釈でき、二人はそれぞれが抱える内なる葛藤や抑圧された欲望を映し出す鏡像のような存在として描かれています。

映画技法|スクエア・モノクロと対比的コントラストが織りなす心理的風景

『ライトハウス』は、その特異な視覚的・聴覚的アプローチによって、映画のテーマを観客に直接的に訴えかけます。まず、映像のフォーマットと質感が閉塞感と時代性を強く表現しています。35mmフィルムで撮影され、Movietone時代のトーキーフォーマットを再現したほぼ正方形(1.19:1)のアスペクト比を採用。この縦長の構図は画面上部に視覚的な圧迫感を与え、灯台内部や部屋の狭さを強調することで、登場人物たちの閉塞感を観客に体感させます。

次に、モノクロの色彩表現は心理的な不安定さと不穏な気配を露わにします。カラーを排除した白黒の世界は、昼も夜も常に曇天のような「灰色世界」を生み出し、希望のなさと閉塞感を象徴しています。コントラストの強い白黒の陰影は、登場人物たちの精神状態や力関係の変化を視覚的に伝え、彼らの内面の葛藤や狂気が画面上で具現化されているかのようです。小道具から衣装、そして照明のすべてが陰影を強調するよう設計されており、細部にわたるこだわりが、このモノクロームの世界に深みを与えています。

最後に、音響デザインは映画の心理ホラーとしての側面を決定づける重要な要素です。嵐の轟音、灯台の機械音、カモメの不吉な鳴き声、時に耳障りな甲高い音など、すべての音が登場人物たちの精神状態とリンクしています。これらの音は観客の聴覚に直接訴えかけ、彼らが置かれた極限状態や次第に狂気へと陥っていく様を体感させます。灯台の光の象徴的な扱いも特筆すべき点で、フレスネルレンズによる円形の「神の眼」として機能するその光は、欲望、狂気、あるいは真理といった多岐にわたる意味合いを持ちます。

まとめ|物語よりも「体験」としてのホラー

『ライトハウス』は明確な答えや結末を提示せず、むしろ観る者を漂流させる「体験型映画」です。終盤の海岸に倒れるロバート・パティンソンにカモメが襲いかかるラストは、コルリッジの『古代航海者の歌』にも通じる寓意に満ちており、プロメテウスの神話的寓喩も織り込まれています。

映像、演技、音響、シナリオ――あらゆる要素によって構築された本作の世界は、「息が詰まるような美しさ」を湛え、観る者の心に強烈な印象を残します。物語そのものよりも、その閉鎖された「空間」と「精神の奔流」をじっくり味わいたい方におすすめの作品です。