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興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|東京大空襲と広島、長崎の原爆投下は避けることができたのか?|"Bomber Mafia" by Malcolm Gladwell

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マルコム・グラッドウェルの新著は第二次世界大戦における爆撃機の歴史です。マルコム・グラッドウェルって英語圏では大ベストセラー作家ですが、日本での知名度は今ひとつですよね。それは、彼が書いた本の内容が悪いのではなく、なぜかダサい邦題が付けられてしまうからではないでしょうか。

しかし、本作が日本で翻訳されれば、かなり注目されるのではないでしょうか。なぜなら、本書の後半は日本での東京大空襲と広島、長崎の原爆投下が焦点となっているからです。今回は日本人にとってはなかなか考えさせられる本です。

本書で紹介されるのは第二次世界大戦中に精密爆撃を研究したボンバーマフィアと呼ばれる研究者たちです。精密爆撃とは日中に高い高度から正確に対象だけを破壊する技術です。ボンバーマフィアたちの初期の研究ではニューヨークを沈黙させるのに必要なのは橋、水路や発電所といった17箇所のポイントでした。ニューヨーク全体を攻撃する必要はない。日本と開戦するにあたり、日本のポイントも即座に研究されました。ターゲットを算出することで必要な飛行機やリソースを算出できるからです。

しかし、実際はドイツではドレスデン爆撃、日本では東京大空襲など絨毯爆撃が実施されました。絨毯爆撃は市街地を無差別に攻撃する方法です。軍事施設だけをターゲットとする精密爆撃は比較的「人道的」とされますが、絨毯爆撃は軍人以外の一般市民も巻き添えにするので、非人道的とされます。アメリカではより人道的な精密爆撃の研究がされていたのに、なぜ非人道的な絨毯爆撃に舵を切ったのでしょうか?本書はその歴史を紐解いていきます。

当時、精密爆撃は最新技術で、キモとなるノルデン爆撃照準器の信頼度が重要でした。しかし、これは精密機械なアナログコンピューターなので量産も大変。実用レベルに安定運用ができるか。その詳細は実際に本書を読んでいただく方がいいでしょう。 

日本はなぜもっと早く降伏しなかったんだろう。これって日本人じゃなくても不思議だと思うんですよね。空襲の被害にあった都市は430都市で、死者数は562,708でした。そして、広島と長崎に原爆が落とされます。この無差別攻撃を「非人道的だ」とアメリカを非難する意見もあります。しかし、日本はなんでこうなる前に降参しなかったのでしょうか?降参してればこんなに被害者は出なかったんですから。

日本はイタリアとドイツが無条件降伏した後も、日本は徹底抗戦を続けました。日本の敗戦は降伏する3年前から見通せたはずです。1942年のミッドウェイ海戦ガダルカナル島の戦いの敗退でほぼ勝負ありました。東京に焼夷弾を落としたB29が飛び立ったのはサイパン。このサイパンが陥落したのが1944年7月9日です。日本が無条件降伏する一年前にすでに将棋でいえば「詰み」の状態でした。しかしこれは歴史を知っているから言えることでもあります。

マルコム・グラッドウェルはヨーロッパの戦いと日本の戦いは全く違うと指摘します。ヨーロッパは狭い。太平洋は広く、アメリカと日本は歴史上最も離れた敵対国でした。ヨーロッパでは敵の戦車や飛行機が自国に飛んでくるのは現実的でした。しかし、アメリカから日本に飛行機が飛んできるなんて、当時は想像しにくかったようです。

B29以前の主力爆撃機だったB17の最大飛行距離は2000マイル。片道1000マイルです。当時、アメリカの拠点で最も日本に近かったフィリピンですら1800マイル離れています。そこで登場したのが最大飛行距離3000マイルのB29でした。追加燃料を積めばサイパンから日本の本土がほぼカバーできる。陸軍の四式重爆撃機 「飛龍」の倍近い飛行距離です。そんなB29が1万7500機が出撃16万トンの爆弾と焼夷弾を日本が降伏するまで投下しました。日本人の想像力が現実に追いつくまでそれくらい必要だったということです。

ボクが本書をすごいと思うのは、戦勝国であるアメリカ人のマルコム・グラッドウェルが加害者として戦争を考察しているところです。これは日本人にはなかなかできないことです。

日本の戦争映画って日本人を犠牲者として描きますよね。『ひめゆりの塔』、『はだしのゲン』や『火垂るの墓』はすべて一般市民が戦争に巻き込まれる悲劇を描いています。「もう被害者になりたくない」がメッセージであって、「もう加害者になりたくない」じゃないんです。悪いのは一部の軍人で、その他大勢の日本人は悪くない……と言いたげです。しかし、戦争において、一方的に加害者ではないし、一方的に被害者でもありません。

アメリカは真珠湾攻撃の被害者だし、東京大空襲や原爆の加害者です。日本だって東京大空襲や原爆の被害者ですが、バターン死の行進シンガポール華僑粛清事件南京事件の加害者です。アメリカには『キャッチ=22』や『スローターハウス5』のような非人道的な絨毯爆撃を皮肉的に描いて批判する作品があります。加害者としての自分自身をきちんと描きます。最近でもスパイク・リー監督『ザ・ファイブ・ブラッズ』で黒人がベトナム戦争の加害者として描かれる場面があります。黒人は「白人にやらされた!」と言いたいかもしれませんが、ベトナム人からすれば黒人も白人も同じアメリカ人です。これって、日本人にも言えるんですよね。悪い日本人と良い日本人がいるんだ!って被害者には通じないですよ。お前も同じ日本人だろ?

日本人はなかなか敗戦を認められませんでした。大勢の一般市民の犠牲者が出たのはこのためです。いまでも敗戦を「終戦」と言いますし、占領軍を「進駐軍」といったりします。日本がアメリカに占領されていたって知らない人もいますからね。びっくりです。退却を「転進」という戦争当時のメンタリティーとあまり変わってないように思います。

東京大空襲と広島、長崎の原爆投下は避けることができたのか?昭和天皇や東條英機がもっと聡明で早く現実に向き合えたら、きっと避けることはできたでしょう。しかし、もっと重要な問いかけは「同じようなことが起きたとき、ボクたちは同じ過ちを犯さないか?」ではないでしょうか。ボクは加害者としての自分自身を見つめ直せない限り、日本の戦後は終わってないと思うんですよね。本書を読んで、改めてそう思いました。