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興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|環境問題が原因で精子の数が毎年1%減少している……かも?|"Count Down" by Shanna H. Swan

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環境問題に関する本が最近はたくさん出版されています。その中でもかなりユニークなアングルで切り込んできたのが今回紹介するシャナ・H・スワン著"Count Down"です。単にユニークなだけでなく、科学的なベースをしっかりした上で、センセーショナリズムに陥らず、慎重に論調を進めていく姿勢に好感が持てます。ここ最近に読んだ本の中でいちばん面白かったし、知人に話しても本書が一番興味を持たれますね。

ものすごく簡単に本書の言いたいことをまとめると、「化学物質の規制が必要。癌性が基準でなく、生殖能力への影響を基準とすべき」です。ピンとこないでしょ?一聴すると突拍子もない主張なのですが、本書を読み進めるうちに「なるほど!」となります。まさに読書体験。

シャナ・H・スワンの研究によると、人間の生殖能力は年々低下しているそうです。精子の数は毎年1%づつ減少している。現代の20代の女性より、二世代前(おばあちゃんの世代)が30代で妊娠する可能性が身体的に高かったそうです。人間は増えすぎているんだから、少し減ってもいいんじゃない?と言う意見もあるとシャナ・H・スワンは認識しています。しかし、人間の生殖能力の減退と、それ以外の生物の生殖能力の減退(つまり、種の減少)が同じ原因だったら?

人間の生殖能力の減退には多くの原因(食生活やストレスなど)があり、複雑な要因が絡み合っているが、大きな要因として可能性が高いのが環境化学物質だとシャナ・H・スワンは慎重に議論を進めます。具体的には内分泌撹乱化学物質(EDC)が生殖に重要な役割を果たすホルモンの分泌に影響を与えている可能性です。ポイントは毎年コンスタンスに生殖能力が減退している点です。アルコールやニコチン摂取はむしろ改善しているし、健康意識も高まっています(肥満は増えていますが)。

新薬の市場への投入には強い規制があります。しかし、日用品に使われる化学物質にはほとんど規制がありません。水に溶けずに分解されにくいダイオキシンなどの残留性有機汚染物質は規制されはじめました。新薬は臨床試験などで安全性が確認されないと承認されませんが、日用品に使われる化学物質は安全性を確認することもなく使われてしまいます。残留性有機汚染物質でなくとも、フタル酸ジブチル(DBP)フタル酸ビス(2-エチルヘキシル)など有害性が確認されている化学物質がたくさんあります。これらはRoHS指令などによってEUでは既に規制の対象となっていますが、アメリカや日本では規制が追いついていません。また、規制されたとしても、新たな別な有害物質が使われたら意味がありません。いたちごっことなってしまいます。

例えば、日本でも食品衛生法で2.5μg/ml(2.5ppm)以下に制限されているビスフェノールA(BPA)も代替物質としてBHPF(フルオレン-9-ビスフェノール)やBPS(ビスフェノールS)が使われますが、BHPFやBPSの安全性は確認されていません。つまり、日常で使っているプラスチック容器は安全性が確認されて市場に出されているわけではないのです。すげーな。

化学物質の影響は一世代で止まりません。世代を超えて影響が蓄積されることをエピジェネティクスと言います。精子の数は年間1%減り、流産の数は年間1%増えている。このような安定的な傾向は短期的な影響ではなく、エピジェネティクスのような長期的影響の方が説明がつく。シャナ・H・スワンは科学的に立証できない限り断定的な言い方はしません。しかし、間接的には推論できるので、きちんとした科学的調査をした上で規制をすべきだと主張します。

このように本書はなかなか重要なテーマをユニークなアングルで切り込んでいます。あと、豆知識的なトリビアも多いのが楽しい。例えば、AGDの長さと不妊の関係。AGDはAnogenital distanceの略で、生殖器と肛門の距離です。この距離が短いほど、不妊の傾向が強いのだそうです。ちゃんと統計的に証明されている。母親や父親が体に悪いことをやっていると、子供のAGDが短く生まれてくる傾向があるのだそうです。面白いですよね。