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テンセント(腾讯)に学ぶ自己破壊による成長の仕方

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スタートアップは創業者のビジョンをプロダクトなりサービスを具体的な形にして提供する企業だと思います。マイクロソフトのビル・ゲイツの場合は"Infomation on fingertips"ですよね。手のひらに情報を。パソコンはその手段。

しかし、企業はそのビジョンを達成した後も存続します。場合によってはこれまでやってきたことが古くなってしまうこともあります。そのような場合は創業者ではなく、中から変わっていく必要がありますよね。同じくマイクロソフトの例だとサティア・ナデラがそれに当たります。

これは中国のテンセント(腾讯)にも同じことが言えます。マイクロソフトを理解するために創業者のビル・ゲイツと現CEOのサティア・ナデラを理解する必要があるように、テンセントを理解するには創業者のポニー・マ(马化腾)とWeChat(微信)の開発者のアレン・ジャン(张小龙)の二人を理解する必要があります。

テンセントの創業前から現在までかなり濃密にカバーしてますので今回はかなり長いです。Pocketやはてなブックマークで保存しておくことをお勧めします!

プログラミング好きが高じてテンセント創業

テンセントの創業者であるポニー・マは広東省に1971年に生まれました。家庭は貧しく、父親が職を探すために各地を転々としました。家族は深センに落ち着き、ポニー・マは深セン大学を卒業、ポケベルのためのソフトウェアを開発する技術者として通信機器IT会社(润迅通信发展有限公司)に就職します。

当時のポニー・マは非常に内向的で、あまり人と話すのが好きではなかったそうです。実際にいまでもポニー・マはなかなか人前に出てきません。コンピューターに向き合っている方が好きだった。自分にとって資産と呼べるのはプログラミングしかないと感じていたそうです。C言語でたくさんのプログラムを書いた。自分のプログラムを多くの人に使って欲しいと考えたそうですが、就職した会社ではそれができない。ジャン・ジードン(张志东)もコンピューターが好きで、ソフトウェア会社に入りたかったのですが、当時の中国でコンピューターに関わる仕事はSIしかなかったそうです。

そして1998年に大学の友人だったジャン・ジードンや中学生時代の友人とともにテンセントを創業します。資本金は創業メンバーの自己資金でした。ポニー・マが50%未満で、残りの創業者を合わせると過半数が取れるようにしました。創業する前は本で読んだシリコンバレーのスタートアップのような刺激的な生活を想像していたそうですが、実際のスタートアップは家賃や光熱費の支払いや翌月の給料の心配ばかりでした。

三回死にそうになってソーシャルネットワーク企業としての地位を確立

最初の臨死体験

テンセントの最初のプロダクトはインターネットにつながるポケベルアプリでした。しかし、携帯電話の普及が予想以上に早く、このプロダクトは失敗します。

二回目の臨死体験

1999年に最初のプロダクトOICQ(後にAOLに訴えられて名前をQQに変える)を発表します。これはパソコン用のチャットアプリで、当時流行していたAOLのICQと同じものです。ポニー・マは通信関連会社に勤めていたこともあり、ポケベルのような単純なものを作る予定でした。最初の目標は3万ユーザー。ユーザー獲得のために各学校の掲示板に訪れ、一人一人勧誘していきました。獲得できたユーザーは平均で1日12人くらいだったそうです。この頃、貯金残高は1万中国元(約15万円)まで目減りしていたそうです。

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IOCQ時代のQQのスクリーンショット(クレジット:百度)

三回目の臨死体験

それでもソフトウェアとしての品質が高く、落ちないチャットアプリとして徐々に人気が出てきました。そして、2000年にユーザーが増えてきたところでベンチャーキャピタルからの資金調達を行いました。20%のシェアで220万ドル(約2億2000万円)の資金調達でした  *1 。しかし、テンセントは3年は利益が出ていなかったそうです。しかもその頃にインターネットバブルがはじけて資金はどんどん目減りしていったそうです。これが三回目の臨死体験。

そして安定

テンセントのビジネスモデルは広告収入とプレミアムユーザーでした。プレミアムユーザーは追加機能が使え、アバターの着せ替えなどができました。また着せ替え用のグッズ収入もありました。2008年にはかなりの利益が出るようになっていました。

パソコン用のメッセンジャーアプリとして最大の競合はMSNでしたが、ポニー・マの分析では二つの理由で自滅したそうです。一つはソーシャルに対応できなかったこと。QQの場合は独自のソーシャルネットワークであるQzone(QQ空間)がありました。このQzoneはFacebookというよりもギラギラデザインのMySpaceに日本のMixiの日記の要素を加えた感じですね。ボクは中国人の友達とチャットするためにQQは使ってましたが、流石にQzoneには手が出ませんでした。

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QQ空間のスクリーンショット(クレジット:百度)

もう一つのMSNの敗因は中国向けのローカライズが足りなかったとのことです。うん、確かにこのギラギラの世界観をアメリカ企業はマネできないですよね。

テンセントの収入源は?

とはいえ、テンセントの売り上げの70%は付加価値サービスでそのかなりの部分はPCやスマホのゲームです。残りの30%がeコマースや広告となります(テンセントのAnnual Reportはこちら)。これらのゲームの大半はすでにあるゲーム企業の投資によるものです。例えばクラクラのスーパーセルをソフトバンクから買ってます。実に世界のオンラインゲームの13%をテンセントが握っていることになります。QQやWeChatに目がいきがちですが、実はゲームがテンセントにとっての稼ぎ頭なのでした。

こういう安定した収入があるからイノベーションに力を入れられるという面があると思います。今回は投資会社としてのテンセントはフォーカスしていないのですが、この部分は触れておいたほうがいいかと思います。このおかげでWeChatのマネタイズを急がず、ユーザーベースとエコシステムの拡大に注力することができるのですから。

WeChat(微信)とアレン・ジャン

WeChat(微信)の開発者アレン・ジャンは1969年湖南省生まれです。実はポニー・マよりちょっとだけ年上なんですね。シャオミーのレイ・ジュン(雷军)と同い年。

アレン・ジャンは华中科技大学を卒業後、広州で就職してソフトウェアエンジニアとして働きます。その後、メールアプリのFoxmailを開発します。これはポニー・マがテンセントを創業する一年前の1997年の出来事。Foxmailはとても人気が出て200万ユーザーを獲得、一時期はMicrosoft Outlookと同じくらいのシェアがあったそうです。アレン・ジャンはFoxmailを1200万中国元(約2億円)で博大公司に売却し、バイスプレジデントとして博大公司に残ることにします。

中国版Gmailで最初の成功

そして、2005年にテンセントがFoxmailを博大公司から購入、それに伴いアレン・ジャンもテンセントに転籍し、テンセントの広州開発拠点のゼネラルマネージャーとしてQQ Mail(QQ邮箱)の開発に従事します。Gmailのローンチが2004年ですから、その対抗だったのでしょうね。

ところが、すでにあったQQ Mailはクオリティーが低く、全く使えなかったそうです。そこでアレン・ジャンはQQ Mailをスクラッチから開発し直すことにします。2007年にリリースした新しいQQ Mailはその品質から高い人気を獲得して、中国で一番使われるメールサービスとなりました ただ、ボクの記憶が正しければ、*2

チャットアプリWeChat(微信)の開発

2010年にアレン・ジャンはスマホ向けのメッセージングアプリのために10名のちいさなチームを招集します。すでに市場ではWhatsApp(2009年1月)やKik(2010年10月)が人気が出ていていました。短略的に考えればQQのスマホ版を出せばいいと思うのですが、パソコンのメッセンジャーアプリとスマホのチャットアプリでは本質的に違うものなのです。アレン・ジャンは自分でKikを使っていて、それに気がついたそうです。これってすごいと思うんですよね。マイクロソフトだってSkypeとの共食いを恐れてチャットアプリは出せませんでした。でも、自らをディスラプトしなければQQは他社にディスラプトされてしまう。それを理解して実行できるってすごいと思います。

WeChatは後発で2011年1月にローンチします。かかったのは二ヶ月弱。早い!しかし中国でもシャオミー(小米)のミーリャオ(米聊)が一ヶ月前の2010年12月にローンチしていました。そうなんです、WeChatよりミーリャオの方が早かったんです。また、チーフー(奇虎)もコウシン(口信)を発表するなど、中国国内でもチャットアプリの競合が増えました。数ヶ月で開発したWeChatはテキスト機能しかなく、最初はあまり人気が出ませんでした。2011年4月にはTalkboxのボイス機能が中国で人気が出ました。そうなんです。WeChatの人気機能のボイスもTalkboxが最初に人気が出たのです。そこでボイス機能をバージョン2で組み込みます。

このような競合がしのぎを削る中、WeChatが人気が出たのは近くの友達発見機能を発表してからです。これが2011年8月のバージョン2.5。そして、WeChatの人気を決定的にしたのがシェイクによる友達追加。これが2011年10月のバージョン3。

最初のバージョンではミーリャオに負けていましたが、半年後にはユーザー数でミーリャオが400万ユーザーに対してWeChatは改良を重ね1500万ユーザーまで差をつけました。

そして、初期で一番重要な機能追加がバージョン4のQRコード対応です。これが2011年12月。開発をスタートさせてからちょうど1年ですね。

チャットアプリからライフスタイルアプリへ

2012年に入るとアレン・ジャンはWeChatをチャットアプリからライフスタイルアプリへと位置付けを変更します。これ、すごく大事です。そしてインターナショナル版のWeChatブランドを発表したのもこの年です。このインターナショナル版と中国語版は随分違うのでWeChatが「ライフスタイル」アプリといってもこの当時はあまりピンと来る人は中国の外では少なかったと思います。

しかし、この年を境にニュースを購読できたり、外部とのインテグレーションが盛んになります。さらに、QRコードが街に溢れるのがこの時期からです。ユーザーと繋がるためにブランドが独自のWeChatアカウントを作り、そこに勧誘するために使われたのがQRコードでした。

ペイメントへの参入

2013年にはWeChatウォレット(微信钱包)でモバイルペイメントに参入します。当時のモバイルペイメントはアリババの一人勝ちでした。

インターネットにおけるペイメントでは2004年からアリババがAlipay(支付宝)で先行して、つづいてテンセントもTenPay(财付通)で追従します。Alipayは常にテンセントを先行して2011年にはQRコードによるペイメントを発表しています。さらに、2013年にはPayPalを抜いて世界一のペイメントプラットフォームになっていました。そして、アリババは同年にユエバオ(余额宝)というマネーリザーブファンドを立ち上げて、ほぼ銀行のようなことができるようになりました。ちなみに中国の資金の1/4がユエバオに預けられているそうです。すごいですね。テンセントはWeChatでこのアリババの牙城に攻勢を仕掛けることになります。WeChatで支払いができる自動販売機もこの頃から始めています。

2013年はWeChatがゲームプラットフォームとしてログイン機能を提供した年でもあります。テンセントはゲーム会社でもありますからね。

ペイメントの立ち上がりとパートナーエコシステム

WeChatのペイメントを立ち上げた施策は二つあります。一つは「红包(お年玉)作戦」です。中国ではお正月(日本の旧正月)にホンバオという赤い袋に入ったお年玉をあげる習慣があります。これは大人が子供にあげるだけでなく、会社でも上司が部下に日頃の苦労をねぎらって渡します。ボクもシンガポールで働いているときはちゃんとホンバオを渡してましたよ!このホンバオをWeChatのユーザー向けに公開したのでした。ちなみに、アレン・ジャンは個人的にはこのようなグロースハックは嫌いらしいです。ただ、本人は嫌いでも、実際にこれでユーザーが増えたのでした。

もう一つはパートナーの囲い込みです。これはポニー・マも認めるところですが、テンセントは競合を徹底的に叩く企業として有名でした。しかし、方向転換してパートナーと協業をする企業へと変わっていきます。おそらくこれはペイメントの立ち上がりが思ったほどうまくいかなかったことも関係しているかもしれません。その代表例が中国版Uberのディディチューシン(滴滴出行)とのパートナーシップです。

さらに、アリババのライバルであるeコマースサイトのJD.com(东京)にも投資を行い、コマースサイトでのWeChatのペイメントの地位を確立します。この戦略はずっと続いていて、最近ではテンセントは自転車のシェアサービスであるMobikeに投資しましたよね。それに対抗するようにアリババはMobikeのライバルであるofoに投資をするといった具合になっています。

しかし、アリペイがすでに対応したQRコードによるオフラインのモバイルペイメントにWeChatが対応するのは翌年の2014年からです。

ミニプログラムとパートナープログラムの拡充

テンセントがWeChatで目指すライフスタイルアプリはペイメントに止まりません。WeChatが生活をする上での起点となることがゴール(だと思います)。そして、それを進めるのがサードパーティーアプリです。これまではずっと遅れを取っていましたが、このアプリ戦略に関してはテンセントがアリババを先行します。

WeChatはAPIを公開してHTML5アプリをサードパーティーが開発できるようにしていました。そうすることでWeChatを離れることなく別のアプリが使えるわけです。これをさらに進めたのがアプリ内のネイティブアプリであるミニプログラム(小程序)です。このミニプログラムについては以前に記事を書いているので、詳しくはそちらを参照してください。

この分野でがっつり競合しているのがメイトゥアンです。ライフスタイルアプリはつまりはメイトゥアンが得意とするO2Oだからです。メイトゥアンが自前でタクシーや旅行サービスを揃えているのに対して、テンセントはミニプログラムをプラットフォームとしてパートナーエコシステムでO2Oの世界を構築しようとしています。どちらも勢いのある会社ですから、これからどうなるか楽しみですね。

ミニプログラムをアリババとバイドゥもはじめましたが、WeChatほどはうまくいっていません。これはWeChatのミニプログラムがライフスタイル全般をユースケースとして想定しているのに対して、アリババはコマース、バイドゥはランディングページへの有手段として想定しているからではないかというのが中国メディアの分析です。

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WeChatのミニプログラムの伸び(クレジット:新浪科技)

まとめ

長い記事をここまで読んでくれてありがとうございました。テンセントの事業は多岐にわたるので、一本筋道を通してみようとするとなかなか難しくはあります。それでも、事業に関しては徐々にポニー・マからアレン・ジャンにシフトしていく様子がわかったのではないでしょうか。

アレン・ジャンがやり易いように環境を整えるのがポニー・マなんだとおもいます。実際に今お金を稼いでいるのはゲーム事業でWeChatはこれからの事業ですからね。事業と人材のシフトがうまくいっているのがまさにテンセントなんでしょうね。事業と人材のシフトを両方できているのはBATの中でテンセントだけですから。

参考文献

张志东自述:我在腾讯的创业过程_创业家_i黑马

马化腾回顾腾讯创业史:这类中层干部,我最多忍你半年_搜狐财经_搜狐网

看完了张小龙的 2359 条饭否日记

张小龙(腾讯副总裁、FoxMail创始人、微信创始人)_百度百科

QQ前身(OICQ)誕生 - StockFeel 股感知識庫StockFeel 股感知識庫

微信怎样诞生:张小龙给马化腾的一封邮件_网易科技

支付宝将推二维码支付方案 实现即时支付功能_互联网_科技时代_新浪网

https://web.archive.org/web/20121127173150/http://www.cn.wsj.com/gb/20121119/tec072332.asp

Bloomberg Billionaires Index - Pony Ma

5 Things to Know About Tencent, the Chinese Internet Giant That's Worth More Than Facebook Now

Meet Pony Ma: The Mysterious Billionaire Behind WeChat | Money

The story of Tencent's rise to the top of the social media world | World Economic Forum

Tech in Asia - Connecting Asia's startup ecosystem

Do You Know Who Invented WeChat? - China Channel

11 fascinating product insights from the “father” of China’s WeChat - AllTechAsia

Do You Know Who Invented WeChat? - China Channel

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*1:Crunchbaseによるとその前年にも資金調達をエンジェル投資家からしているのですが、それについてはあまり触れられていません。QQは無料のアプリなので、二年間もお金がそれほど持たないと思うんですよね。

*2:ワンイ(NetEase|网易)のメールが一番使われてた気がしたんですが、数え方にもよるんでしょうね