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スロースタートアップ|第一回:Github|スポーツバーとラーメン利益

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スタートアップといえば急速な成長のためにベンチャーキャピタルからガツンと資金調達をするイメージがあると思います。しかし、ベンチャーキャピタルから資金調達をせずにずっとブートストラップ *1 しながら成長するスタートアップも存在します。日本だとサイバーエージェントがそうですよね。そういうブートストラップなスタートアップをスロースタートアップと呼びたいと思います。

これから何回かにわたってブートストラップで大きくなった「スロースタートアップ」をいくつか紹介していきます。まずは先日、マイクロソフトに買収されたGithubから。Githubは2008年に創業して、2012年までブートストラップでした。創業者たちはどのように生活費を稼ぎながらGithubをブートストラップしたのかみていきましょう。

スポーツバーとサイドプロジェクト

Githubはスポーツバーで生まれました。創業者のトム・プレストン・ワーナーとクリス・ワンストラスは夜遅くにバーで開催されるRuby開発者のミートアップに参加していました。何杯か飲んで休んでいるときにトムがクリスを見かけました。なぜかは覚えていないそうですが、その時にトムがやっていたプロジェクトだったGritをクリスに見せたそうです。GritはRubyで開発したGitレポジトリにアクセスするプログラムでした。トムはすでにWebでGitレポジトリを共有できるプラットフォームのアイデアを持っていました。そして、クリスが言います。「よし、一緒にやろう (I'm in. Let's do it.)」このスピード感がいいですね。

そして、翌日の2007年10月19日午後10時24分にクリスが最初のコードをGithubにコミットします。これがGithubのはじまりです。企業立ち上げの公式な手続きがあったわけではなく、二人のプログラマーがクールなことをやろうとした結果でした。

次の三ヶ月、二人はGithubのプログラミングを行います。トムはGritを開発し続け、UIをデザインし、クリスはRailsのアプリケーションを作りました。毎週土曜日に会って、方向性を話し合いました。この頃、二人ともフルタイムで働いていてGithubはサイドプロジェクトでした。Githubはほぼ全てRubyで開発され、一部だけErlangのgit daemonを使いました。

ローンチとマイクロソフトと「生かすか殺すか」の決断

最初のプライベートベータは2008年1月。最初のコミットから三ヶ月後でした。そして、三人目の創業者となるPJハイアットが加わって4月に正式なローンチをします。この時のユーザー数は300人強。自分たちが素晴らしいことをしているという意識はあったそうですが、すごく大きくなるとは想像していませんでした。ローンチもメディアを招待して壮大にやったわけではありません。

そして、その年の7月にトムは人生の岐路に立ちます。フルタイムで勤めていたPowersetがマイクロソフトに買収されたのです。29歳でした。トムはWordpressなどで使われるアバターのアドインとして有名なGravitorの開発者で前年にAutomatticに売却してからPowersetに勤めています。そのせいなのか、贅沢な暮らしが板についてしまっていて、この頃にはそれなりの額の借金があったそうです。しかも、マイクロソフトの条件はすごくいい。クリスとPJはトムより年下で、すでにフルタイムでGithubにコミットしていたそうです。フリーランスをしながら食いつないでいた。クリスなんてCNETで働いていたんですけどね。トムがマイクロソフトに移ったらGithubはお終い。そして、結局は期限ギリギリにPowersetを退職してGithubにフルタイムでコミットすることに決めたそうです。

ブートストラップと「ラーメン利益」

さて、三人は安定した収入を絶ってフルタイムでGithubにコミットします。そして、結果的に5年近く外部から資金調達をせずに自己資金だけで運営していくことになります。

トムはGravitorで起業の経験があるので、無償で大きなサービスを提供するのは危険だと理解していました。Githubは大きなデータベースなのでサーバーコストの問題を解決する必要がありました。そうした理由でプライベートベータの段階では友人しか招待しませんでした。しかし、徐々にプライベートなレポジトリにお金を払っていいという人たちが出てきました。このプライベートリポジトリによるビジネスモデルが見えていたので三人はそれにかけてフルタイムでコミットできたんですね。

サーバーコストはSlicehostのドメインとストックフォトくらいで、あまり大したことありませんでした。一番の問題は創業者たちの生活費。これが一番大きかったそうです。おそらくこれはどのスタートアップでも言えることだと思います。だからY Combinatorのポール・グレアムは「ラーメン利益 (Ramen Profitable)」が大事だと言ってるんですね。スタートアップの創業者がどれだけすごくても人間なんで、毎日カップラーメンが食べれるくらいの生活費は必要なんです。

最初の頃は少額の給料をGithubから受け取り、設定したゴールを達成したら翌月からその額を少し上げていったそうです。足りない生活費はフリーランスの仕事などアルバイトで稼ぎました。ゴールを達成できなかった月もあったそうですが、最終的には三人とも生活費が稼げるくらいの収入になったそうです。約5年後の2012年に外部から資金調達をしますが、それまではこんな感じでブートストラップしてきたそうです。

あとはご存知の通り、Githubはとても人気のあるサイトになり、マイクロソフトに買収されました。しかし、残念ながらトム・プレストン・ワーナーはマイクロソフトに買収される前にハラスメント問題でGithubを去ることになってしまいます。なんか、マイクロソフトと縁がない人なんですね……

参考文献

Bootstrapped, Profitable, & Proud: GitHub – Signal v. Noise

Tom Preston-Werner on Powerset, GitHub, Ruby and Erlang

How I Turned Down $300,000 from Microsoft to go Full-Time on GitHub

GitHub co-founder Chris Wanstrath shares his story, University of Cincinnati

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*1:自己資金で事業をするという意味。コンピューター用語としてコンピューターを起動することをブートと言います。ブートストラップは外部からの助けがなくプロセス実行できることを言います。それがスタートアップの世界でもそのまま使われるようになりました。ちなみに、本来的な意味はブーツの後ろにつく輪っかの部分です。ブーツをかける輪っか。