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スタートアップ国家エストニアの脆弱性

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エストニアでマネーロンダリング(資金洗浄)が行われている疑いがあるとして、世界を騒がせています。ノルウェーのダンスケ銀行のエストニア支店を通過した約26兆円に相当する資金が疑わしい取引であったということです。いま、このスキャンダルはドイツ銀行やウェルス・ファーゴなどほかの銀行にも広がっています。

事件の概要

一般的には外国人が銀行口座を作るのはとてもハードルが高いです。顧客確認(KYC: Know Your Customer)が厳しいのも資金の不正な流通を妨げるためですが、今回の事件ではこれが機能していなかったということになります。事件の概要はこうです。

  • ロシア通貨ルーブルは国際的に流通需要が少ないソフトカレンシーな上、価値の変動が激しい。このため、資産を守るためにユーロや米ドル、英ポンドのようなハードカレンシーへの換金需要がある。しかし、ハードカレンシーへの換金は法律で制限されている。
  • ロシアではそもそも非合法な手段で得たり、出所が不明瞭な資金が多い。そのようなお金はマネーロンダリングして、きれいにしないと使えない。
  • 資金を国外に移動して洗浄したい人は、エストニアに口座を持ち、そこに粉飾見積もりの差額を業者に入金してもらう。
  • エストニア口座に入金した資産を、イギリスの口座に移し、さらに英領バージン諸島など転々とさせる。

マネーロンダリングに関しては猫組長の『猫組長と西原理恵子のネコノミクス宣言』が読みやすくて面白いのでお勧めです。

猫組長と西原理恵子のネコノミクス宣言 完全版

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eレジデンシー(仮想住民制度)とマネーロンダリングの関係

エストニアはスタートアップ的な国家として様々な先進的な施策を実施してきました。その中心となっているのがエストニアに居住しなくてもエストニアで起業できるeレジデンシー(仮想住民制度)の仕組みです。このeレジデンシーがはじまったのは2014年からですが、問題となっている資金洗浄はそれ以前(わかっているだけで2007年)からありました。そのことからもわかるように、エストニアの先進的な取り組みと今回の事件が直接的に関係しているということではなさそうです。それでも、今回の事件でエストニアのイメージ低下は避けられそうにありません。

捜査はアメリカ、イギリス、フランスなど国をまたいで行われていて、今回のスキャンダルの全容はまだ明らかになっていません。これが単に濡れ衣なのか、本質的に何か脆弱性があるのかわからないため、エストニアも風評被害を抑えようとしています。

経済大臣のViljar LubiはMediumでeレジデンスの仕組みは資金洗浄が難しい理由を解説するブログポスト"Here’s why money launderers are disappointed with e-Residency"を発表しました。要約するとポイントは以下の四つです。

  • 申請者は警察による身元確認が行われ、IDカードを受け取るためには警察やエストニア大使館など所定の場所で本人が受け取らないといけない。
  • デジタルIDカードを使ってエストニアで企業を設立するのと、一般のエストニア市民がエストニアで企業を設立するのと違いはない。エストニアでライセンスを持つ代表者を立ててマネーロンダリングを含むリスクを開示しなければいけない。
  • 仮想住民がエストニアで銀行口座を開設する場合も同様にそれぞれの銀行でエストニア市民と同じ審査が適用される。
  • エストニアの商法に違反した仮想住民はその権利をはく奪される。

エストニア政府のeレジデンシー(仮想住民制度)とマネーロンダリングは関係ないという主張はおおむね合理的だと思います。ただ、それはベースとなるエストニアの金融制度や法整備に問題がないことが前提となっています。今回の事件はeレジデンシー(仮想住民制度)のベースとなる根本的なエストニアのビジネスインフラに関して疑問符がついてしまった形になっています。ここからきちんと信頼回復をしていかないと、スタートアップ国家としてのエストニアブランドは厳しいことになりそうです。