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興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|バーチャルリアリティーの歴史|Dawn of the New Everything by Jaron Lanier

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ジャロン・ラニアーはヴァーチャルリアリティーを商用製品としてはじめて世に送り出したVPL Researchの共同創業者で「VRの父」と呼ばれる人です。VR自体はずっと前に生み出されているので、彼自身はその称号にあまり心地よさを感じてはいないようですが、間違いなくVRのパイオニアの一人です。

日本でも彼の著作が翻訳されていますが、ボクはこの本がはじめて。内容的にはジャロン・ラニアーの生い立ちとヴァーチャルリアリティーの解説の二つの軸が入れ替わるように進んでいきます。トマス・ピンチョンがたまに出てきますが、「ああ、こういうのが好きなんだなあ」感がひしひし伝わってきます。つまり、読みづらいけど面白い。

 

Dawn of the New Everything: A Journey Through Virtual Reality

Dawn of the New Everything: A Journey Through Virtual Reality

 

 

ジャロン・ラニアーの生い立ち

まず、ジャロン・ラニアーの生い立ちが面白い。家庭の大黒柱で彼にとっても精神的な支柱であった母親を若くして亡くしたことが彼の人生に大きな影響を与えます。母親が家計を支えていたので、父親が働くことに。母親が残してくれたお金で買った家が完成前に放火で焼失。数年間父親とテント暮らしをします。

ジオデシック・ドームの家

いろんなことに興味があって、オシロスコープを家に照射してハロウィーンの演出をしたりしていたそうです。テント暮らしで少しづつお金がたまり、それで徐々に家を建てました。父親はジャロンに家を設計させてくれました。そこでジオデシック・ドームを設計して二年かけて完成させます。普通の子供はオシロスコープで遊んだりジオでシック・ドームの家を作ったりしませんよね。

権威も学位も何もないアヴァンギャルドサイケデリックヒッピー

高校はあまりいかず、ニューメキシコ州立大学でなんとなく講義を受けます。そして、そのままニューメキシコ州立大学に入ってしまったそうです。プログラミングはここで覚えます。そのあとはニューヨークに行ってミュージシャンをしたり、恋人についてロサンジェルスまで行ったりします。基本的に無職の放浪生活。なんとなくジャック・ケルアックの『路上』を彷彿させます。ビートではなく、アヴァンギャルドサイケデリックヒッピー風ではありますが。ジョン・ケージとか出てきます。

ふとしたきっかけで国境の川べりに沈んでいたクルマをもらい、それでシリコンバレーに行きます。スクリュードライバーでエンジンスタート。最初はミートアップのスピーカーとして呼ばれたそうです。そこでヴァーチャルリアリティーの話をしたのがシリコンバレーにきたきっかけ。ストリートミュージシャンをしながら生計を立てていたそうですが、ゲーム会社に就職してようやく社会人デビュー。アラン・ケイやスティーブ・ジョブズなどいろんな人が登場してきます。また、Suicide ClubとかSurvival Researchとか失われた当時のシリコンバレー文化についても触れられています。

シリコンバレーでビデオゲームのプログラミング。そのお金でVRの会社を立ち上げ。ビジュアルを操作できるコンピュータはまだなかったので、最初はプログラム言語の開発。これがバーチャルリアリティーとしては初めての商用セットRB2 (reality built for two)を開発するVPL Researchとなります。でも、一番売れたのはEyePhoneとDataGloveだそうです。

バーチャルリアリティとは

この本では50以上のバーチャルリアリティーの定義が紹介されています。つまり、バーチャルリアリティーはいろんな意味に捉えることができる。それがこの本のタイトル"Dawn of the New Everything"の由来となっているのでしょう。バーチャルリアリティの定義の一つが「脳と感覚のシミュレーション」です。人間の脳は直接風景を見ることはできませんよね。目というセンサーを通じて見ることができる。これをジャロン・ラニアーは潜水艦と潜望鏡の関係に例えています。

人間にはたくさんのセンサーがあります。皮膚にもたくさんのセンサーがある。熱を感じるセンサー、痛みを感じるセンサー、摩擦を感じるセンサー。パブリックイメージではゴーグルがバーチャルリアリティーですが、バーチャルリアリティーは視覚だけではないんですね。ポケモンGOもそういう意味ではバーチャルリアリティーなんです。

バーチャルリアリティーに関する素朴な疑問への回答

アベンジャーズみたいに画面操作できるようになる?

ハリウッド映画とかで目の前にスクリーンが出てきてそれを操作するシーンとかありますよね。アヴェンジャーズとか。 ジャロン・ラニアーによるとあれは無理なんだそうです。フォトンが物質にあたる必要がある。そうしないと光は発生しない。でも、ナノロボットでそういう操作はできるようになるかもしれない。ナノロボットもバーチャルリアリティーを構成する要素なんです。

ナノロボットもバーチャルリアリティー?

例えば、ゴーグルで風景を見たとしても、実際に触れることはできない。でも、ナノロボットでバーチャルな物質を作ればそれを触れることでバーチャルに触れることができる。人間の視覚と触覚を騙すことができる。

この人間のセンサーを騙すのがバーチャルリアリティーなんですね。少なくともその定義の一つ。

なんで3D酔いするの?

あまり長い間、バーチャルリアリティーの世界にいると3D酔いします。バーチャルリアリティーは人間のセンサーを騙す仕組みなので、これがうまくいかないと酔ってしまうわけです。そして視覚を騙すにはトラッキングが重要なのだそうです。このトラッキングの問題は徐々に改善されてきてはいるものの、完全に無くすことは難しいとのことです。まず、個人差が大きい。そして、人間はすぐに慣れて、騙されていることに気づいてしまうんですって。人間ってすごいですね。

この他にも、LSDとバーチャルリアリティーの違いや明晰夢(Lucid Dream)とバーチャルリアリティーの違いなども解説してくれています。Kinect Hackなど最近のバーチャルリアリティー文化についても触れられています。

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