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興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|新しい一般教養としてのビッグヒストリー|"Origin Story" by David Christian

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日本における「一般教養」とはなんでしょうか。答えられる人はあまりいないのではないでしょうか。日本で「一般教養」は体系化されていないので誰も説明ができないのが残念なところです。しかし、世界にはすでに「一般教養」が体系化されているので、それを受け入れればいいのではないかも思います。日本独自で一から作り上げる必要はありません。ガラパゴスな一般教養は必要ないでしょう。

欧米で「一般教養」はリベラル・アーツで、ある程度体系化されています。リベラル・アーツが欧米における「一般教養」の主な定義の一つであることに異を唱える人は限りなく少ないでしょう。しかし、当然ながらさまざまな「一般教養」の定義があっていい。今回紹介する"Origin Story"のデビッド・クリスチャンはビッグヒストリーの提唱者です。ビッグヒストリーは歴史からアプローチする「一般教養」と言えます。

デビッド・クリスチャンは日本でもすでに『ビッグヒストリー我々はどこから来て、どこへ行くのか』が翻訳されていますが、"Origin Story"はその最新著書となります。

 

Origin Story: A Big History of Everything

Origin Story: A Big History of Everything

 
ビッグヒストリー われわれはどこから来て、どこへ行くのか――宇宙開闢から138億年の「人間」史

ビッグヒストリー われわれはどこから来て、どこへ行くのか――宇宙開闢から138億年の「人間」史

  • 作者: デヴィッド・クリスチャン,シンシア・ストークス・ブラウン,クレイグ・ベンジャミン,長沼毅,石井克弥,竹田純子,中川泉
  • 出版社/メーカー: 明石書店
  • 発売日: 2016/11/13
  • メディア: 大型本
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一般教養としてのビッグヒストリー

私たちの考える「歴史(ヒストリー)」って人間の歴史ですよね。日本史なら縄文時代とか安土桃山時代とか。世界史ならローマ帝国とか産業革命とか。ビッグヒストリーはビッグバンから現在までの大きな歴史です。すでに大学の教科としてもとりいれられていて、日本でも徐々に取り入れる大学が出てきています。大学に行かなくても、ビッグヒストリーのプロジェクトサイトから無償でコースを受講することができます。

なぜ歴史が一般教養になり得るのか

ビッグバンから現在までの137億年の歴史を知るには物理学、化学、地質学、生物学など様々な分野の基本的な知識が必要となります。宇宙がどのように生まれたのかを説明するには物理学が必要です。星がどのように生まれたのかを知るにはそれに加えて化学の知識が必要です。生物が生まれる背景を知るには地質学の知識も必要となります。様々な分野の基本的な知識がないと多くの重要な起源が理解できないのです。

これまでの「歴史」と新しい「大きな歴史」の違い

人間の歴史だけを扱った「歴史」は、それがたとえ重要なイベントだったとしても多くはローカルイベントでしかありません。大化の改新や関ヶ原の合戦、明治維新は日本人以外にはあまり重要ではありません。逆にアメリカの独立戦争も日本人にはさほど関係ありません。映画『300』は面白いですが、それでもペルシア戦争でアテネイ、スパルタなどのギリシャ連合がペルシアに勝っても日本人にとってはどうでもいいのと同じです。ローカルな歴史は人類全体の「一般教養」にはなり得ません。

では、人類全体として重要なイベントとはなんでしょうか?例えば、宇宙、原子、分子、星、生命の誕生は人類全体にとって重要なイベントです。アメリカ人だろうがケニア人だろうが、日本人だろうがそれがなければ存在しないのですから。そのような大きなスケールで、誰にとっても重要な歴史をビッグバンから遡って体系的にまとめる試みがビッグヒストリーです。

ビッグヒストリーの体系

ビッグヒストリーはビッグバンから138億年の歴史を体系的にまとめる試みです。138億年間を8つの臨界点(スレッショルド)に分けています。最初が無から有が生まれるビッグバン。普通に考えるとゼロからブートストラップするのは不可能です。スタートアップは比喩的にゼロをイチにすると言いますが、それでも創業者はいるわけですし、最低限の材料もあります。でも、宇宙をゼロから。全くのゼロから作るんですよ。一応、それは量子物理学で説明できるのですが、こういうことを考えて実証する科学者ってすごいなと思います。

それでもビッグバンで無から有が生まれるのですが、最初にできたのは水素とヘリウムだけです。残りの原子ができるのが次の臨界点でスレッショルド2となります。赤色巨星や白色矮星から生まれます。

臨界点に達してスレッショルドが発生するには一定の条件を満たさなければいけません。ビッグヒストリーではその条件をゴルディーロックスと言います。『世界をつくった6つの革命の物語』で著者のスティーブン・ジョンソンが紹介しているスチュアート・カウフマンの「隣接可能領域」に近い概念です。臨界点(スレッショルド)と臨界条件(ゴルディーロックス)がビッグヒストリーの体系の要点です。宇宙ができる臨界点とその条件、生物が生まれる臨界点とその条件のように。

世界をつくった6つの革命の物語 新・人類進化史

世界をつくった6つの革命の物語 新・人類進化史

 

そう言う意味ではジャレド・ダイヤモンドの『銃・病原菌・鉄』も農業と畜産の起源と文明の起源をビッグヒストリー的に分析した書籍ですね。農業が生まれる臨界点(スレッショルド)は肥沃な三日月地帯で発生しましたが、肥沃な三日月地帯がどのような条件(ゴルディーロックス)を備えていたのか。

文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)

文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)

 

リベラル・アーツとビッグヒストリーの違い

これまで西洋ではリベラル・アーツが一般教養として支持されていた考えの一つでした。リベラル・アーツは文法学、修辞学、論理学の三学に加えて幾何学や算術が入るのですが、(誤解を恐れずに言い切ってしまえば)論理学がその中心にあります。

これもかなり紋切調ではありますが、欧米の人たちはロジックで考え、日本人は情緒で感じる傾向にあります。その欧米的なロジックがどこからきているかといえばリベラル・アーツという基礎で学ぶ論理学なんだと思います。ロジックはプログラミングにも通じる汎用性の高いものなので、「一般教養」と言って差し支えないような気がします。しかし、それがそうでもないのです。

西洋ローカルの一般教養

論理学はソクラテス、プラトンとアリストテレスからはじまります。ソクラテス(=プラトン)とアリストテレスの違いは何かを学びます。次にアウグスティヌスです。この人はキリスト教の教父なのですが、「神の国」と「地の国」に分けた二世界論で有名です。そう、西洋の論理学にはキリスト教が切っても切り離せない関係にあるのです。

この後にマキャヴェリ、トマス・ホッブスやジョン・ロックなどを学んで民主主義の起源を学び、ダーウィンやニュートンで科学の起源を学びます。そこにもやっぱりキリスト教の影が見え隠れする。そういう意味ではリベラル・アーツも西洋ローカルな一般教養と言えるのです。もちろん、民主主義も科学的なアプローチも世界共通で重要な概念ですし、その起源について理解するのは重要ではあるのですが。

ビッグヒストリーの場合は地域性よりも共通性が重視されるので、リベラル・アーツよりグローバルな一般教養といえます。

この本はどういう人にオススメか?

物事の起源に興味がある人にはオススメです。ただし、科学的にかなり広い領域をカバーしているので、そっち方面の英語に自信がない方は『ビッグヒストリー我々はどこから来て、どこへ行くのか』をオススメします。

あと、大きな物事を科学的に体系立てて整理するのに興味がある人にもオススメです。これ、日本人すっごく苦手ですよね。情緒的なのは得意なのですが、どうしても論理的なことが苦手。整理整頓は好きだから用意された棚さえあれば整理するのは好きなんですけどね。自分で棚を作れない。フレームワークを作れない。まとめ方のお手本としてビッグヒストリーは参考になると思います。