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書評|議論するツールとしての「腐敗」| "America, Compromised" by Lawrence Lessig

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ローレンス・レッシグといえばクリエイティブ・コモンズの設立でフリーソフトウェアとインターネット文化への大きな貢献で有名ですね。あまりに有名なので、ボクがここで付け足す必要もないでしょう。そんなレッシグの新著。レッシグはここ最近は政治の腐敗に注力していて、今回の"America, Compromised"も前回の"Republic, Lost"の第二版の拡大版な感じです。今回は「腐敗」の定義を政治という特定の分野だけでなく、他の業界まで一般化しています。

America, Compromised (Randy L. and Melvin R. Berlin Family Lectures)

America, Compromised (Randy L. and Melvin R. Berlin Family Lectures)

Republic, Lost: Version 2.0

Republic, Lost: Version 2.0

「腐敗」の定義

この本で扱っている「腐敗」は組織の腐敗です。腐敗=悪ではないところに注意が必要です。ローレンス・レッシグがこの本で定義している「腐敗」は組織の本来の意図から外れている状態を指します。例えば、悪の帝国の意図が武力による世界征服(モラル的には悪)だとして、そこから外れてマハトマ・ガンジーのような非暴力で世界平和に貢献していたら、その悪の帝国は「腐敗」していることになります。モラル的な判断は「意図」の部分であり、「腐敗」はそこから外れているかどうかです。

また、この本で扱っている腐敗は組織の構造的な腐敗で、個人の腐敗とは切り離されています。例えば不正献金を受け取った議員がいても、組織としての「議会」が腐敗していることにはなりません。また、健全な議員の集まりでも、組織としての「議会」が腐敗していて、意図した機能を果たしていないこともありえます。

レッシグはこの「腐敗」の定義は過去を振り返って分類するためではなく、将来に向けて議論するためのダイナミックなツールとしています。特定の組織(例えば議会や銀行)の本来の役割は何で、それが逸脱していないか議論してチェックするツールなんですね。それは自らが所属する企業でもいいのかもしれません。

腐敗を生み出す原因としての「不適切な依存」

レッシグはこの本の中で、議会、金融、製薬、教育、法律とそれぞれの分野で腐敗の検証をしています。この検証で鍵となるのが「不適切な依存関係」なんだと思います。例として最初に上げているのが選挙におけるフィルタリングです。例えば、香港の選挙の候補者選びの段階で中国本土がフィルターをかけたら、本来の民主的投票の意図である「国民を代表する政治家を選ぶ」意図から外れます。最終的な投票は香港市民ですが、代表する候補者が中国本土に依存しています。これが腐敗の原因の一部である不適切な依存関係の例です。

この定義だと金融業界ではスタンダード・アンド・プアーズのような格付け機関は公共性が求められる意図があるのに、商業的な依存関係から忖度してしまうので「腐敗」しています。しかし、リーマンショックを引き起こした銀行は必ずしも腐敗の定義に当てはまらない。銀行の意図は利益を出すことだから。むしろ、適切な規制ができなかった議会の腐敗が遠因だとレッシグは言います。銀行はもともと貯蓄と投資の2つの機能で別れていた。それを金融規制緩和で一つにした。結果的にニューディール以降続いていた安定が崩れてしまった。ああ、ここでも悪者なシカゴ学派と新自由主義。

腐敗の解決には議論が必要

なぜ、このような不適切な依存関係が生まれ、結果的に組織は「腐敗」するのか。その要因の一つは脆弱性だとレッシグは言います。脆弱性からほころびが生まれる。これがタイトルになっている"Compromised"ってことなんじゃないでしょうか。Compromisedには標準を下回る「妥協」ですが、システムの脆弱性のためハッカーの侵入を許すことも意味します。

最後にその解決案も提示していますが、レッシグは組織の透明性やそこから生まれるデータの再利用性などを提案しています。ただ、やはりそれは議論をスタートするための提起であり、実際に世間でこのツールが使われて議論して意味があるんでしょうね。

この本はどんな人にオススメか

フレームワークやツールを作れる人って頭いいなあって思います。法則を見つけて整理整頓する能力。一つのことを掘り下げ、コアとなる部分を探り当てる。レッシグの場合は前著"Republic, Lost"で政治を掘り下げ「腐敗」のコアを探り当てた。 ニッチで発見したコアを一般的に当てはまるか検証する。それが今回の"America, Compromised"ですね。そういうフレームワーク思考を学ぶ教材としてオススメです。

そして、実際に組織の目的が意図から外れているかどうかを議論してチェックするツールとしても実際に優れていると思います。レッシグはこの本でアメリカの議会の組織的な「腐敗」を検証していますが、日本の政治の「腐敗」を議論するためにも使えるでしょう。この本を読んでいると「大企業病」というキーワードも浮かんできます。そもそもの意図から外れて自分の所属する企業が大企業病にかかっているかチェッkするツールにも使えるんじゃないですかね。