史上最大のダークウェブでの犯罪といえば闇売買サイト「シルクロード」ですね。このシルクロードについて日本語で一番詳しい記事はザ・ゼロワンの連載記事「史上最悪の闇サイト「Silk Road」黒幕裁判」でしょうか。ボクもこの連載をドキドキしながら読みました。そして、その全容を膨大なデータ検証でドキュメンタリーとして一冊の本にまとめたのが大人気ドキュメンタリー作家のニック・ビルトンによる"American Kingpin"です。この本は群像劇仕立てで犯人側と捜査側のたくさんの登場人物を見事に描き切りながら、事件の全貌を詳らかにしています。日本語訳が期待されます。
American Kingpin: The Epic Hunt for the Criminal Mastermind Behind the Silk Road
- 作者: Nick Bilton
- 出版社/メーカー: Portfolio
- 発売日: 2017/05/02
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違法売買サイト「シルクロード」とは?
「シルクロード」は簡単にいえば身元を隠して違法取引をするサイトでした。扱う商品はドラッグだけでなく、兵器や毒、臓器など多岐に渡りました。
インターネットはあまり匿名性が高くありません。ハンドルネームやニックネームを使っても、その気になればどこの誰かがわかってしまいます。しかしながら、匿名性の高いインターネットも存在していて「ダークウェブ」と呼ばれています。ダークウェブにあるコンテンツはGoogleのような検索エンジンで探すことはできませんし、普通のブラウザでもアクセスすることができません。Tor(トーアと読む)という元々はアメリカ海軍が開発に関わった特殊なブラウザが必要になります。
しかし、ダークウェブの取引で正体を隠しても、お金の流れで身元が割れてしまいます。そこでビットコインです。ビットコインを支払いに利用することでほぼ完全に身元を隠しながら取引をすることができます。
この「シルクロード」の創設者がロス・ウルブリヒトです。
歴史に残る犯罪をめぐる群像劇
この事件に関する事実関係はすでに色々と日本語でも記事になっていますし、ウィキペディアでも概要をつかむことができます。この本の面白さは、捜査に関わる様々な政府機関がバラバラに活動をしながら、徐々にそれが一つにまとまってくるところです。
おそらく歴史に残るであろう犯罪の手柄。独り占めにしたいと考えても仕方がありません。最初にシルクロードの存在に気がついたのがシカゴを管轄するアメリカ合衆国国土安全保障省。そして、麻薬取締局(DEA)、連邦捜査局(FBI)、アメリカ合衆国内国歳入庁(IRS)など、主だったところでこれだけの政府機関がお互いをライバル視しながらロス・ウルブリヒトを追いかけて行きます。なんと、最初にロス・ウルブリヒトとシルクロードを結びつけたのはアメリカ合衆国内国歳入庁だったんですよ!
ダークウェブにある「シルクロード」は技術的には追跡がほぼ不可能です。これを覆面捜査や内通者の買収など様々な手法で徐々に捜査範囲を狭めていく様子がとても刺激的です。中には、自らダークサイドに落ちてしまう捜査員も出てきてしまいます。
リアル『ブレイキング・バッド』
「シルクロード」の首謀者であるロス・ウルブリヒトはリバタリアンとして大学では活動的で、麻薬も合法化すべきだと主張してたものの、ボーイスカウト出身のどちらかといえば朴訥とした青年でした。リバタリアンは完全自由主義でPayPalの共同創業者の一人であるピーター・ティールなどが有名です。
人間はいろんなペルソナをもつと思いますし、ボク自身も色々は側面を持っています。それにしても、ボーイスカウト出身で好青年の「ロス・ウルブリヒト」と史上最大の違法取引サイトの首謀者で裏切り者を殺すことも厭わない「ドレッド・パイレーツ・ロバート」はあまりにもかけ離れすぎています。
アメリカのテレビドラマ『ブレイキング・バッド』で高校の真面目な化学教師「ウォルター・ホワイト」がひょんなきっかけから覚醒剤の製造者で麻薬カルテルとも渡り合う「ハイゼンベルク」の二重生活を送るのに似ています。『ブレイキング・バッド』もすっごく面白いですよ!
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ニック・ビルトンのドキュメンタリー作家としての凄み
そんなわけで、この"American Kingpin"はなかなか読ませる本です(ボクの場合はオーディオブックなので「なかなか聴かせる」が正しいですが)。これを群像劇として成立させているのは、ニック・ビルトンの膨大な調査によるリアリティーでしょう。
押収されたロス・ウルブリヒトのパソコンやスマホのログを入念に調べ、Excelでタイムラインを作り、そこに移動した場所の天気、気温や波の高さ、FacebookやInstagramの投稿、飛行機などの移動手段のタイムテーブル、写真のEXIFデータなどを重ね合わしていったそうです。
そして、数百時間に及ぶ関係者へのインタビュー。アメリカ国内だけでなく、タイやオーストラリアなど海外にも赴き、ロス・ウルブリヒトの足取りを自ら辿りました。本当に頭の下がる努力です。「ドレッド・パイレーツ・ロバート」の名付け親であり、右腕の「バラエティ・ジョーンズ」ことロジャー・トーマス・クラークの人物像についてはタイでの取材が役立ったそうです。史上最大のダークウェブとビットコインによる違法サイトの摘発を一流のドキュメンタリー作家がこれだけ調査したのですから、面白くないはずがありません。