ティモシー・スナイダーの新著『On Freedom』は、タイトルからも分かるように2017年の『自由なき世界:フェイクデモクラシーと新たなファシズム(On Tyranny)』を発展的に継承しています。『On Tyranny』が全体主義の脅威に対する20の学びを示したのに対し、『On Freedom』は「自由」の本質的な再定義を試みる哲学的考察となっていています。スナイダーにとって「全体主義」とはスターリンやヒットラーのような過去の時代だけを指していません。オリガルヒ(寡頭制)はアメリカにもある。新自由主義もオリガルヒの一形態だとスナイダーは言います。その代表選手としてたびたび本書でも登場するのがイーロン・マスクやコーク兄弟です。
本書は歴史的視点を持った哲学書といえるかもしれません。消極的自由と積極的自由はアイザイア・バーリンの「自由論」を出発点としながら、シモーヌ・ヴェイユの「根を持つこと」の思想、エーディト・シュタインやヴァーツラフ・ハヴェルの理念を織り交ぜている。これらの哲学的基盤の上に、著者は自身が幼年期を過ごしたドイツや現代アメリカの観察から得た知見を重ね合わせていきます。
スナイダーは「自由」を構成する五つの本質的要素があるとします。
第一の「主権」は幼児期の自由です。何もないマイナスの状態の自由。主権を持った人は習った知識の中で選択ができる。政治的主権ではなく、個人が自らの人生を形作る能力を持つことを意味します。最も根本的な自由であり、最も分かりにくい事由でもあります。スナイダーは主権は一人では成り立たず、他者との関係において成り立つと言います。政治の役割はその環境を作ること。
第二の「予測不可能性」は少年期の自由です。主権を持った人なそれぞれユニークで自律的。このユニークさが予測不可能性の入り口となります。予測できないので権力に利用されない。全体主義体制下での画一的な生き方への対抗概念として提示されます。人生の選択が権力者によって予め決定されない状態こそが、真の自由の条件だとスナイダーは説きます。
第三の「移動性」は青年期の自由です。地理的な移動の自由に加えて、社会的・経済的な階層間の移動可能性を含みます。つまり、ソーシャル・モビリティ(社会的移動)ですね。1980年代以降のアメリカで「アメリカンドリーム」が失われていった過程を追っていきます。例として出されているのが刑務所ジェリマンダリングやレッドライニングです。1968年の公正住宅法によってレッドライニングは違法化されましたが、その後も銀行は非公式にこの慣行を続けました。また、1990年代には「逆レッドライニング」という新たな差別形態が現れ、黒人を対象に不当な条件のローンを組ませる略奪的貸付が行われるようになりました。
また、スナイダーは「サド・ポピュリズム(政治的なサディズム)」という政治的な罠について論じています。現代の新自由主義的なシステムが意図的に大衆に苦痛を与え、その苦痛をエネルギーとして少数派への憎悪を煽り、さらなる権力集中を図るという循環構造にあります。1970年代以降、特にサッチャー/レーガン時代から本格化した新自由主義プロジェクトは、「成功する自由」を謳い文句にしていましたが、実際には超富裕層が法を自分たちの意のままに作り変える新封建制でした。オリガルヒ(寡頭支配者)たちは、社会的分断と憎悪を利用して自らの富と権力を増大させ続け、それが人類文明の存続自体を脅かしていると主張しています。
第四の「事実性」と第五の「連帯」は成長した大人の自由です。「事実性」はフェイクニュースに代表されるデジタル時代における真実の危機に呼応しています。事実に基づいた判断ができるのが自由。スナイダーは真実と事実に対する共有されたコミットメントが自由の基盤だと指摘します。共通の現実認識がなければ、意味のある議論や意思決定が困難できない。事実を尊重する姿勢が、自由を支える土台となる。そして、真の自由には「連帯」が必要だとスナイダーは主張します。他者とのつながりや協力を通じて、自由は個人だけでなく、共同体全体で支えられるもの。個人の自由はしばしば他者の幸福や権利と絡み合っている。連帯はこれを実現するための重要な要素です。
また、「連帯」にかんして新自由主義の危険性を改めて指摘します。市場至上主義の新自由主義は時として人間の自由より市場の自由がより大事なものと考える。人間が市場における自由な商品の流通の妨げになるのであれば、人間は取り除くべき障害となる。
このように5つの自由の要素を定義したうえで、政府の役割に踏み込んでいきます。スナイダーは良き政府とは自由の障害物ではなく、むしろ自由を可能にする条件の創出者だと言います。「主権」の自由を持つ私たちは得た知識の中で選択ができる。「予測不可能性」の自由を持つ私たちは、予測ができないため操作されない。「移動性」をつ私たちは将来のあるべき姿を求めることができる。「事実性」の自由を持つ私たちは事実に基づいて判断することができ、「連帯」の自由を持つ私たちは他人の自由を理解することができる。
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