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反省なきPDCAと終戦記念日

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Photo by sergio souza from Pexels

あまり気にしたことがないかもしれませんが、PDCA(PLAN-DO-CHECK-ACT)は日本独自のコンセプトと言って差し支えないでしょう。発案者はアメリカ人でコンサルタントだったW・エドワーズ・デミングですが、むしろトヨタのPDCAとしての方が有名です。日本では今でもPDCAに関する書籍が多く発行されています(海外では聞いたことありません)。

反省のないPDCA

PDCAを非常に簡単に言えば「計画して、やったことを、振り返り、改善する」ですね。なんだ、当たり前のことじゃないか。そう思うかもしれません。実際に当たり前のことだと思います。こんな当たり前のことなのに、なんで巷にはPDCAに関する書籍が溢れているのか。日本に帰ってきた当初は理解できませんでした。PDCAをさらに推し進めた考え方がリーン・スタートアップで、そっちはイマイチ盛り上がっていないのに。

色々な企業とお付き合いする中で見えてきたのが、日本人はPDCAの中でも「振り返り」が苦手だということ。計画も実行もする。でも、振り返らない。振り返らないというよりも、振り返れない。振り返るためには、計画が数字的に検証可能な「仮説」となっている必要があります。仮説には以下の要素が必要です。

  • どれくらいの期間
  • どのような変化を与えると
  • どのような結果が得られる

そして、仮説は明確で簡潔でなければいけません。あと、一番大事なのが数字で測定できることですね。多くの日本企業が作る「計画」は仮説になっていません。だから、実行した後に振り返れません。仮説と混同しやすいコンセプトに「推測」があります。よく言えば「予測」ですが、悪く言えば「憶測」です。

市場はこのような方向に進むだろうから、こういう計画をする。

これは「推測」であって「仮説」ではありません。「このような方向」はIoTとかキャッシュレスとか少子化とか高齢化とかそういうキーワードが入ります。みんなそっちの方向へ向いているから、安心なのでしょうが、それで失敗しても「市場は予想通りの方向に進まなかった」になってしまいます。つまり、失敗の原因を外部に求めてしまうため、自らの内部的な失敗を振り返ることができません。

もちろん、そういうビジョン的なアプローチも必要です。ビジョンとはもっと壮大で、多くの人が惹きつけられるようなものです。どこかの借り物のようなものではなく。そして、ビジョンには計画が必要で、計画には仮説が必要なのです。PDCA大好きな日本人が仮説に基づく検証が苦手なのはとても不思議です。

反省のない戦争

夏は終戦記念日でもあるため、多くの「振り返り」の企画があります。特集記事やテレビ番組です。トーンとしては「悲惨な戦争体験を後世に伝えて、二度とこのようなことが起きないようにしよう」です。本当にそうですよね。戦争はいけません。ただ、少しきになるのが、多くの場合、日本人を被害者として描いているところです。東京大空襲や、広島と長崎の原爆投下、末期の沖縄戦、シベリア抑留などです。もちろん、多くの被害者ができましたし、このような悲惨な出来事が二度と起きないようにしなければいけません。

でも、本当に二度と起きないようにするにはどうしたらいいのでしょうか?

多くの日本人の歴史観は「日本はソ連とアメリカの陰謀で勝ち目のない戦争に突入することを余儀なくされ、当然の結果として負けた」なのではないでしょうか。人によっては「欧米に植民地化されていたアジア諸国を解放した」と考えている人もいるかもしれません。日本人が全員そういう考えだとは思いませんが、この季節のテレビ番組を観ていると、そういう歴史観が透けて見えてきます。自分たちは被害者。加害者としての自分たちを見つめ直していません。朝日新聞の『インパール作戦「日本兵かわいそう」地元が語り継ぐ歴史』を読んでちょっと驚いてしまいました。あの左巻きで有名な朝日新聞ですら、そこまで自分たちを被害者として推しますか?

そういう歴史観があることは否定しませんが、それだと本当の意味での「振り返り」はできないし、結果として二度と悲惨な出来事を起こさないというゴールに結びつきません。戦争を「計画」して「実行」しましたが、「振り返り」ができていないため「改善」ができません。つまり、戦争のPDCAはまだ終わっていないのです。