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興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

映画評|道なく、愛なく、犯罪のないボニー&クライド|"River of Grass" by Kelly Reichardt

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有名監督の最初の作品って初期衝動が詰まっていて好きなものが多いです。スパイク・リー監督の『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』とかクエンティン・タランティーノ監督の『レザボア・ドッグス』とか。しかし、意外と初期作品ってメディアになってなかったり、ストリーミングでも公開されていなかったりします。アメリカのクライテリオン・コレクションやイギリスのアロー・フィルムズのような高品質な再発専門レーベルからの発売を待たなければいけないのが常でした。日本映画ですらそうです。

しかし、その状況も変わりつつあります。最近では映画の資金調達もクラウドファンディングで行われるようになりました。昨年公開された"Last Black Man in San Francisco"もそうでしたね。そして、昔のフィルムのレストレーションもクラウドファンディングで資金調達するケースが出てきました。ハル・ハートリーは自身の監督作品をクラウドファンディングで再発しています。今回紹介するケリー・ライヒャルト監督の最初の長編映画"River of Grass"のレストレーションもクラウドファンディングで資金調達されたものです。

River of Grass [Blu-ray] [Import]

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  • 出版社/メーカー: Oscilloscope Laboratories
  • メディア: Blu-ray

"River of Grass"はケリー・ライヒャルト監督自身の言葉が全てを表しています。

「道のないロードムービー、愛のない恋愛映画、犯罪のない犯罪映画」

舞台はフロリダ州エバーグレーズ。東側にあるビーチエリアは観光客で賑わいますが、エバーグレーズは湿地帯で先住民がRiver of Grassと名付けた地域です。多くの映画はA地点から出発して、B地点にたどり着きます。または、A地点からいろいろな場所を周ってA地点に戻ります。A地点とかB地点は実際の土地の場合もありますし、心理的な状態の場合もあります。

しかし、"River of Grass"の場合、登場人物たちはA地点にとどまり続けます。A地点が心地よいわけではありません。現状に満足していません。どこかに行きたい。でも、どこにも行けない。いや、どこにも行かない。バスにも乗れないし、高速の料金所すら越えられない。

男と女、銃と車。設定と小道具は全て揃っています。『俺たちに明日はない』のボニー&クライドにだってなれるはず。でも、何も起きない。セックスも、ドラッグもロックンロールもない。でも、きっとボクらはそうなんですよ。何者にもなれない。何者かになったつもりでいるだけ。

ケリー・ライヒャルト監督はこの後にオレゴン四部作を発表して大物監督の地位を獲得していきます。一貫したテーマは「取り残された人たち」で、徐々にリベラルでプログレッシブな政治的側面を見せてきます。経済学者ポール・クルーグマンにとても近いスタンスです。ただ、ポール・クルーグマンは非常に攻撃的ですが、ケリー・ライヒャルトはとても繊細な伝え方をします。それは"River of Grass"でも共通していますね。

しかし、オレゴン四部作からは動けない状態から徐々に動く状態を描くようになりました。それを進歩と取るのか、後退と取るのか。ボクには"River of Grass"の荒っぽい輝きがまぶしすぎて。

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