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興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|ポール・クルーグマンから保守ゾンビへの宣戦布告|"Arguing with Zombies" by Paul Krugman

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政治的な意味において保守(小さな政府)に対する考え方はリベラル(大きな政府)です。そして、経済的な意味においてリバタリアン(完全自由主義)に対する考え方がプログレッシブ(革新主義)です。政治的な考えは経済的な考えに結び付きます。逆に経済的な考えは政治的な考えに結び付きます。革新的な保守は考えにくいですし、リバタリアンなリベラルも考えにくいです。

ポール・クルーグマンは政治的な色をなるべく見せない経済学者でした。1980年代の共和党レーガン政権では大統領経済諮問委員会委員など要職を務めました。しかし、その後任のブッシュ大統領には批判的な態度で、徐々に民主党よりの見方を支持するようになりました。ポール・クルーグマン曰く「自分が変わったのではなく、政治が変わった」のだそうです。

今回の新著"Arguing with Zombies"はニューヨーク・タイムズに長年寄稿しているコラムをまとめたものになります。そして、その論調は保守主義に対して非常に辛辣です、ノーベル経済学賞を受賞した学者と思えないほど。保守主義者を「すでに終わった議論にしがみつくゾンビ」と称してバッサバッサと斬りまくります。いや、ずっと今まで(そしてこれからも)斬りまくっているのか。先週、その真逆のポール・シュワイザーの本を読んだばかりだったので、あまりの違いに思わず笑ってしまいました。この本はコラムをまとめたものですが、過去のコラムを収録することでクルーグマンの主張は全く変わっていないことがわかります。むしろ、アメリカにおける住宅バブルの崩壊など、クルーグマンが当時予見していたことが現実となった現在だからこそ説得力があります。

Arguing with Zombies: Economics, Politics, and the Fight for a Better Future

Arguing with Zombies: Economics, Politics, and the Fight for a Better Future

  • 作者:Paul Krugman
  • 出版社/メーカー: W W Norton & Co Inc
  • 発売日: 2020/01/28
  • メディア: ハードカバー

アメリカの経済学派は海水派と淡水派に分かれます。海水派は革新主義的(大きな政府=民主党)でカリフォルニア大学バークレー校、イェール大学やハーバード大学など海に面する州にある大学が主に属する学派です。淡水派は新自由主義的(小さな政府=共和党)でシカゴ大学、カーネギーメロン大学やコーネル大学など五大湖の近くにある大学が主に属する派閥です。

ポール・クルーグマンが「すべての経済の議論は政治的」と言い切るのはこのような背景があります。その上でクルーグマンは賢者の四つのルールを共有します。

  1. カンタンで単純なことについて議論する
  2. カンタンな言葉で簡潔に説明する
  3. 誠実であることに誠実になる
  4. 議論の動機を明確にする

クルーグマンは経済に関する多くの問題は(単に多くの人がそれを認めたくないだけで)答えがわかっている簡単なものだと言います。そして、誤りを認めたくない人たちはゴールポストを動かすことで誤りを認めません。つまり、誠実な議論をしているふりをしているだけで、言動はとても不誠実です。不誠実であることを認めるべきだとクルーグマンは言います。さらに一部の経済学者はその動機も隠します。彼らは右寄りの富裕層の利益のためにシンクタンクを設立してメディアネットワークを形成します。クルーグマンは自分の立場を明確にすることで、誠実に議論を進めようとします。対立軸を明確にしないのはクルーグマンにとっては不誠実なことなのです。この本のタイトルにもなっている「ゾンビ」は保守主義を盲目的に信じている人たちのことを指しています。減税信者、環境問題を認めない人、保守主義者。いまだにミルトン・フリードマンを信じて富裕層に利益誘導するためだけに緊縮財政と減税を推し進めるポール・ライアンのような人たちです。

それでは、答えがわかっている簡単な経済の問題とは何でしょうか。まず一つは日本でも共通する年金と医療問題。アメリカの年金制度は破綻していないので民営化する必要がない。国民全員に行き渡るユニバーサルヘルスケアが経済的に最も理想的で、その原資は単一支払者制度が最も経済的に理にかなっているといいます。全員参加だから取捨選別する必要なく、運営が簡素化できるからです。民営ではなく公共で運営した場合、集まった基金の1%しか運営に必要なく、99%のベネフィットが利用者にまわります。これが民営化すると保険会社や投資運営会社の管理手数料が大幅に増えて、利用者が受け取るベネフィットが減ります。民営化されたチリでは運営コストは20倍に増え、サッチャー時代に民営化したイギリスも保険会社が受け取る運営管理費が抗仏紙続けたため、上限を定める法律を作らなければいけなくなりました。民営化して得をするのは保険会社だけだとクルーグマンは言います。

このほかに、緊縮財政がいかに景気回復の弊害になるか、ユーロの弊害などデータを使ってわかりやすく(辛辣に)教えてくれます。例えば、(特にギリシャの金融危機の後)国の借金が増えるのは悪いとされていますが、それを論理的に説明できる人はいないと批判します。金利がGDPの成長率より低ければ、借金が金利で雪だるまのように増えることはありません。むしろ、雪だるまは溶けていきます。あと、ユーロで貨幣統一したことにより、多くの国が中央銀行を失って独自の貨幣を発行できなくなった弊害は「なるほど!」と思いました。確かに、金利をコントロールできないですものね。そう考えるとビットコインなど暗号化通貨が流通することに多くの国が危機意識を感じる理由が分かります。

この本はどんな人にオススメか

できれば、日本の政治家に読んでほしいですね。まあ、あと若い有権者ほど読んでほしいです。

80年代以降に日本で多少なりとも保守と言える政党って中曽根政権時代と小泉政権時代の自民党くらいじゃないでしょうか。それはWikipediaにある日本の民営化の一覧でもわかります。それでも、大型減税ってやってないので本当に保守とも言えないですが。それでも水道のようなライフラインや年金や医療保険をまだ民営化していないのはある意味で日本人ならではのバランス感覚なのかもしれません。それか、日本人特有の「決められない性格」が功を奏したのかもしれません。

しかし、明確な対立軸がないのは日本人にとっては不幸な気がします。だって、与党と野党の政策の違いなんて分かんないですよね?ボクが不勉強なだけなのかもしれませんが。自民党はそれほど保守じゃないですからね。民営化しても減税しないし。むしろ減税しろっていうのは野党だし。野党も与党も何をどうしたいのかよくわからないです。アメリカにおける共和党と民主党の違いやイギリスにおける保守党と労働党の違いって外国人のボクから見ても明確なのに。

きちんとデータをもとに論理的な議論ができるクルーグマンやアビジット・バナジーのような経済学者がいる英語圏の人たちが本当にうらやましいです。おそらく、日本にも優秀な経済学者はたくさんいるでしょうから、もっとわかりやすく経済のことを解説してほしいです。そのうえで、政治家は経済的な立場をはっきりしてほしい。まさにポール・クルーグマンが「賢者の四つのルール」で言うように。そうすれば、ボクたちは投票所に行って選ぶことができるから。