カタパルトスープレックス

興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|新自由主義批判に対する保守からの回答―大きな政府は大きな腐敗を生む?|"Profiles in Corruption" by Peter Schweizer

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ピーター・シュワイザーは調査報道記者です。そして、ルネッサンス・テクノロジーズのロバート・マーサーらとともに保守系シンクタンクの政府説明責任研究所を設立した一人です。更に、オルタナ右翼を代表するメディア『ブライトバート・ニュース・ネットワーク』の編集者です。つまり、米国極右言論の親玉の一人です。当然ながらリベラルな民主党には批判的で、クリントン政権の金の流れを批判した『クリントン・キャッシュ』が日本でも出版されています。そして、その姿勢は事実に基づかない偏向報道と批判されることもあります。

今回紹介する"Profiles in Corruption"はその続編といえるものです。ブライトバートと聞いただけで頭の中で注意警報が鳴ってしまうボクですが、興味本位で恐るおそる読んでみました。ある意味で最近のアメリカにおける二極化(ポーラライゼーション)を代表している人ですから。彼の批判の矛先は民主党なのですが、彼の主張である「保守である共和党がトランプだからリベラルな民主党の腐敗が見逃されていい理由にはならない」には一理あります。日本でだって「安倍政権が腐敗している(と思う)」=「立憲民主党や共産党は腐敗しない(と思う)」とならないのと同じですね。

Profiles in Corruption: Abuse of Power by America's Progressive Elite

Profiles in Corruption: Abuse of Power by America's Progressive Elite

  • 作者:Peter Schweizer
  • 出版社/メーカー: Harper
  • 発売日: 2020/01/21
  • メディア: ハードカバー
クリントン・キャッシュ

クリントン・キャッシュ

まず、「リベラル」の定義をしましょう。リベラルは政治的な意味と経済的な意味で大きく異なります。全く反対の意味だったりもします。

最近は行き過ぎた新自由主義(経済的リベラル)に批判が集まっています。経済的には自由主義がリベラリズムで、その極端な例がリバタリアニズム(政府の干渉ゼロ)です。経済学で言えば新自由主義(経済的リベラル)の代表がミルトン・フリードマンで反対する立場がトマ・ピケティです。これまで紹介してきた書籍だとマリアナ・マッツカートの"Value of Everything"アナンド・ギリダラダスの"Winners Take All"などが新自由主義(経済的リベラル)を批判する立場にあたります。

新自由主義(経済的リベラル)は政治的には保守です。なぜなら、政治的保守は小さな政府を目指し、民間企業により大きな裁量を与える経済的リベラルだから。小さな政府を目指す保守政党は民営化を進めます。経済的リベラル=政治的保守。経済的保守=政治的リベラル。同じ「リベラル」でも政治的な意味なのか、経済的な意味なのかでその立場は変わるので注意が必要です。アメリカなら共和党、イギリスなら保守党が保守です。実をいうと、日本には真の意味での保守政党は存在しません。自民党ですら世界的に見れば政治的リベラルです。まあ、自民党は英語ではLiberal Democratic Partyで名前にリベラルって入ってますしね。だから、行き過ぎた新自由主義(経済的リベラル)への批判ってピンとこないかもしれません。金融自由化も失敗しちゃいましたし、そこまで行ってないですからね。

閑話休題

"Profile in Corruption"はこの最近の傾向である新自由主義の批判(=政治的保守への批判)を政治的腐敗の観点から危険だと警笛を鳴らします。政府が大きくなれば腐敗も大きくなる。ピーター・シュワイザーは政治的リベラル(保守と比べて大きな政府を目指す傾向にある)を二つに分けています。伝統的な政治的リベラルと、革新的な政治的リベラル。そして、今回の批判の矛先は革新的な政治的リベラルに向けられています。政治的な腐敗は人間の問題で、リベラルも保守も関係ないとピーター・シュワイザーも認めています。本書で革新的な政治的リベラルを「プログレッシブ・エリート」として批判の焦点にしているのは、新しい腐敗を代表するクラスだからとしています。まあ、民主党の将来の大統領候補者に焦点が当てられているのは、さすがアメリカの極右を代表するブライトバートです。「トランプへの注目により他の政治家の腐敗への目が向けられていない」という主張は至極真っ当ですが、あまりにもあからさまでしょう(苦笑)

ピーター・シュワイザーは腐敗を五つのカテゴリーに分けています。これらの仕組みを利用して国民の税金を親族、友人、支持者へ有利に利用するのがピーター・シュワイザーの定義する「腐敗」です。

  1. 利益供与
  2. 個人的な収入の確保
  3. 法律の曲解
  4. 自分に有利な立法
  5. パブリシティ

今回ターゲットにされているのはカマラ・ハリスジョー・バイデンコリー・ブッカーエリザベス・ウォーレンエイミー・クロブシャー、そしてバーニー・サンダース です。いずれも2020年のアメリカ大統領選候補もしくはそれ以降に大統領候補になるであろう有力者たちです。トップバッターを飾るのはカマラ・ハリスなのですがサンフランシスコ市長だったウィリアム・ブラウンと交際、その力を利用した成り上がり物語はすごいなと思いました。すでに今年の大統領戦からは撤退を表明していますが、次くらいは狙ってくるでしょうね。次がオバマ大統領時代に副大統領を務めたジョー・バイデンなのですが、この人のファミリービジネスもすごい。息子のハンター・バイデンを利用した集金マシンや中国コネクションは確かに露骨なものがあります。

ピーター・シュワイザーの三段論法は 1) 権力があるところは腐敗するものである、 2) ゆえに、権力が集まる政府は小さいほうがいい、 3) ゆえに大きな政府を目指す共和党はより大きな腐敗を生むです。しかし、政府じゃなくて民間だったら腐敗はなくなる?という疑問も残りますし、そもそも腐敗をなくすにはどうしたらいいか考えているローレンス・レッシグの提案のほうが魅力的です、少なくともボクには。

内容的にも「ん?これ本当?」と思うこともありますが、調査報道はやっぱり大事なんだなと思いながら読みました。完全に中立な報道ってなくて、観る角度で事実も受け取り方が変わります。極左でも極右でも報道は報道です。問題なのは報道のあり方よりも二極化(=ポラライゼーション)を生み出す仕組みなんでしょうね。リベラルな人はリベラルな情報しか見ないし、保守な人は保守な情報しか見ない。パーソナライゼーションってそういうことですから。二極化の罠から逃れるためには、自ら全く違う意見のなかに飛び込むしかありません。

この本はどんな人にオススメか

アメリカの政治に興味がある人はオススメです。2020年1月はアメリカ大統領選の民主党候補者選びの真っ最中。現時点ではジョー・バイデン、バーニー・サンダースとエリザベス・ウォーレンが有力とされています。日本人にはあまり馴染みのない名前ですが、世界的にも影響力のある人たちです。

そして、「日本の政治は腐ってる!」と絶望している人にもオススメです。大丈夫です、政治が腐っているのは日本だけではありません。政治家が腐っているとか、腐っている人間が政治家になってしまうのではなく、仕組みの問題だと思うんですよね。そういう意味では、政治に絶望した人はローレンス・レッシグの"They Don't Represent Us"も併せて読んでいただきたいところです。