アラン・クルーガーはクリントン政権とオバマ政権で経済政策担当財務次官補として経済のアドバイスを提供し、大統領経済諮問委員会の委員長も務めた経済学者です。専門分野は計量経済学で、理論よりデータを重視しました。そんな彼の遺作が彼が深い関わりを持つ音楽経済を解説した"Rockonomics"になってしまいました。
Rockonomics: What the Music Industry Can Teach Us About Economics (and Our Future) (English Edition)
- 作者: Alan Krueger
- 出版社/メーカー: John Murray
- 発売日: 2019/06/04
- メディア: Kindle版
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計量経済学らしく、音楽業界に関する数字がたくさん出てきます。個人的に驚いたのが音楽業界は経済的に見ればとても小さいということ。アメリカは世界の1/3を占める最大の音楽市場ですが、アメリカ経済の中ではGDPの0.1%しかありません。最大の市場であるアメリカでこれですから、全世界で見れば音楽業界は世界のGDPの0.06%にしかなりません。そして、映画など他のエンターテイメント業界と比べてお金を儲けないのも特徴的です。
この本の中で繰り返し語られるテーマがいくつかあります。その一つがスーパースター経済。ただでさえ小さな音楽業界なのですが、そのシェアのほとんどは一握りのスーパースターが稼ぎ出します。統計的に見ればほとんどのアーティストは一発屋です。継続的に稼ぐアーティストはほとんどいません。一発屋ですらラッキーなのです。「運」もこの本で繰り返されるテーマですね。
音楽業界の一番大きな変化はストリーミングによってもたらされました。この本でもかなりのページ数がストリーミングに割かれています。ストリーミングはビジネスとしての音楽を大きく変えました。いわゆる「ボウイ理論」です。デビッド・ボウイは音楽は水のようなコモディティーとなり、本当にユニークな体験はライブだけになると予見しました。これが現実となり、ざっくりといえばミュージシャンの収入の80%がライブ、15%がCDやストリーミングの収入、5%が版権収入となっています。
ストリーミング以前はレコードを売るためにライブをしていましたが、ストリーミング以後はライブにファンを呼ぶためにCDやストリーミングを売る構図に変わりました。ドナルド・フェイゲンも生活のためにライブ生活に戻ってきました。パッケージメディアの重要性が低下することでチャンス・ザ・ラッパーのようなアルバムを発表せずに「ミックステープ」だけ発表するアーティストも現れました。
この本はどんな人にオススメか
音楽業界に興味がある人は当然ながら、実際のミュージシャンが読んだほうががいいんでしょうね。価格差別やスローリリースなど音楽のマネタイズの最新の手法が多く紹介されています。日本でも問題になっているチケットの再販問題もこの本では取り上げられています。音楽ビジネスに関してテイラー・スイフトって天才なんですね。彼女の音楽はあまり聴かないけど、ビジネスセンスはすごい。これは皮肉でもなんでもなく、素直にすごい。
あと、ブルース・スプリングスティーンとトム・ペティが好きな人にもオススメです。アラン・クルーガーはこの二人のアーティストが特にお気に入りのようで、多くのエピソードとともに彼らを通じて音楽ビジネスを解説しています。
この本の目的は音楽ビジネスを通じて経済全体を語ることなのですが、アラン・クルーガーの音楽愛が強すぎて、それに関してはあまり成功していません。この本に一貫するテーマは音楽に対する愛なんだなあ。