カタパルトスープレックス

興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

映画評|アメリカン・ニューシネマに中指を突きつけたパンクな映画|"Wanda" by Barbara Loden

f:id:kazuya_nakamura:20200308182346p:plain

1960年代中頃から1970年代後半は映画ではアメリカン・ニューシネマの時代です。音楽ではプログレッシブ・ロックの時代ですね。アメリカのテレビジョンやイギリスのセックス・ピストルズのようなパンク・ロックはその後の1970年代後半からとなります。今回紹介する"Wanda"(1971年アメリカ公開)は早すぎた映画のパンクです。長い間、幻の名作としてなかなか観る機会がありませんでしたが、クライテリオンが発売してくれて多くの人の目に触れるようになりました。

Wanda (Criterion Collection) [Blu-ray]

Wanda (Criterion Collection) [Blu-ray]

  • 発売日: 2019/03/19
  • メディア: Blu-ray

この作品と同時代に流行したアメリカン・ニューシネマには二つの特徴があります。アンチヒーローとアンチ・ハッピーエンドです。例えば『俺たちに明日はない』、『イージーライダー』やこの作品と同年に公開された『時計仕掛けのオレンジ』とかです。エスタブリッシュメントへの反抗がアメリカン・ニューシネマです。アンチ・エスタブリッシュメントです。『あしたのジョー』で例えればカウンターパンチ。

しかし、この作品はそのカウンターパンチに「NO!」を突きつけます。でも『あしたのジョー』で例えればダブルクロスカウンターは打てない。ヒーローにもアンチ・ヒーローにもなれない。矢吹丈や力石徹は遠い雲の上。マンモス西にすらなれない。ダブルクロスカウンターなんて、そんな技出せないよ。超サイヤ人同士の戦いなんてどうしょうもないだろ?ボクたち、ワタシたちはダメな普通の人間だよ。アンチに対してすら傍観者にしかなれない底辺がワンダの世界です。音楽に例えればヴェルヴェット・アンダーグラウンドと同時期のジョナサン・リッチマンなんて近いかも。

Rock 'n' Roll With the Modern Lovers (Bonus Track Edition)

Rock 'n' Roll With the Modern Lovers (Bonus Track Edition)

  • 発売日: 2017/03/01
  • メディア: MP3 ダウンロード

閑話休題。本編の話をしましょう。

舞台はアメリカのペンシルバニア州郊外。登場人物はそこで暮らす主婦のワンダ(写真)。監督のバーバラ・ローデン自ら演じています。あまりにもズボラで旦那から離婚されてしまいます。仕事が遅くて縫製工場もクビになるし、自分自身の意思もない。ブロンドで顔も標準以上だけど、はっきり言ってダメ人間です。それでも、共感せずにいられません。だって、それボクらだよ。ボクらの中にワンダはいます。そういう面が必ずある。

ワンダのダメさは他人に依存していません。自立したダメさです。人間が本来もつダメさです。ワンダのダメさは成瀬巳喜男監督作品に登場する女性たちと比較するとわかりやすいです。

成瀬巳喜男監督は一貫して「女性の自立」をテーマとして作品を作りました。そして、成瀬作品には女を不幸にするダメな男やズルい男が登場します。ダメな男がいるから女が不幸になる。『晩菊』の上原謙や『浮雲』の森雅之が代表的です。しかし、ワンダの場合はダメな男抜きでダメなんです。成瀬巳喜男監督作品で成人指定されてしまった『あらくれ』という名作がるのですが、高峰秀子が演じる主人公がダメな男を見限るたびに強くなるのとは対照的です。男を変えてもワンダはやっぱりダメなんです。フェミニストが理想とするような強い女性を描いた映画はニコラス・レイ監督『大砂塵』(1954年)など昔からあるのですが、ワンダのように徹底的にダメな女はありませんでした。

BDに同梱されている解説書によるとバーバラ・ローデン監督は30歳になるまで自分は「ワンダのように自分がなかった」と振り返っています。この作品が公開された1971年当時の第二期フェミニスト運動では全女性(ヒーローではない人たちも含む)を解放するか、もっと現実的に優れた女性(ヒーロー)をより持ち上げることに集中するかが議論になっていたそうです。ボクはこの作品の終わりかたが大好きです。よくあるハッピーエンドでもなく、アメリカン・ニューシネマ的なアンチ・ハッピーエンドでもありません。どっちでもないのです。ワンダは変われない。以前に紹介した"River of Grass"の登場人物たちに似ています。どこにも行けない。つまり、ワンダは女性だけでなく、「何者かになりたいのになれない人たち」すべての代表です。誰もがヒーローでもアンチヒーローなわけでもない。頭のいい偉い人たちが高尚な議論をしてるけど、ボクたち、ワタシたちはここにいる。

解説書によると、この映画はドキュメンタリーを意図したそうです。実際にショットはあまり安定していない素人風です。しかし、スーパーロングショットを多用するなど素人では考えられないショットもたくさん含まれているため、やはり素人作品ではありません。ドキュメンタリーとフィクション、素人と玄人の境界線が曖昧なところもこの作品の魅力かもしれません。そこが更にパンク。

最後に画質と音質について。高品質で名高いクライテリオン版ですが、かなりグレインが目立ちます。音質もざらつきがあります。これはレストレーションの限界なのか、それとも元々そうなのか?予算が10万から20万ドルだったそうで、かなり低予算映画です。ドキュメンタリーを意識したそうなので、元々のフィルムがグレイン感があり、録音状態も意図してクリアじゃなくしていたのではないかと推測します。

そのほかに観た映画はFilmarksでレビューを書いています