カタパルトスープレックス

興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

2019年上半期和書ベスト3:任天堂関連書籍二冊と橘玲さんの『上級国民/下級国民』

f:id:kazuya_nakamura:20190822091131j:plain

Photo by Tom Fisk from Pexels

洋書の書評ばかり書いていますが、日本の書籍も読みます。今年前半に読んだ和書で特に印象に残ったのは任天堂関連の二冊、『岩田さん』と『「ついやってしまう」体験の作り方』です。

ずっと、「なんで任天堂はスマホシフトしないんだろう?」と不思議に思っていたのですが、『岩田さん』を読んで納得でした。この本もそうなのですが、日本のビジネス書はモノローグ的なのが多いですよね。英語のビジネス書だとコンセプトとストラクチャーがしっかりしている本は読みごたえもあるし、知識として吸収しやすい面があります。ただ、『岩田さん』に書いてあるようなことは、構造化したりはできないんだろうなあ。ヒト依存なので。

岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。

岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。

一方で、『「ついやってしまう」体験の作り方』はゲームのユーザー体験デザインに関する本で、コンセプトがはっきりしていて、とても構造的な本です。同じ任天堂なのに面白いですよね。ボクはやっぱりこういう構造的にしっかりした本が好きだなあ。

「ついやってしまう」体験のつくりかた――人を動かす「直感・驚き・物語」のしくみ

「ついやってしまう」体験のつくりかた――人を動かす「直感・驚き・物語」のしくみ

もう一冊挙げるのであれば橘玲さんの『上級国民/下級国民』です。富裕層と貧困層の格差拡大は多くの先進国でみられる現象で、レーガン/サッチャー政権から加速した新自由主義が批判にさらされています。この本は日本の視点で格差問題のテーマを扱っています。

多くの部分に「なるほどなるほど、日本ではそうであったか」とうなずいてしまいます。ただ、「それ違うんじゃないかなあ」と思う部分も若干あります。

橘さんは新自由主義(ネオリベラル)だけでなく自由主義(リベラル)全般を格差拡大の要因としています。ただ、「リベラル」は政治的な意味においてかならずしもネオリベラルやリバタリアンには近くないと(ボクは)思います。社会自由主義が政治的場意味においてはリベラルで、新自由主義(ネオリベラリズム)や完全自由主義(リバタリアニズム)との距離はかなりあります。傾向として社会保障を厚くして大きな政府を目指すのが政治的なリベラル(米国民主党のように)、政府の干渉を少なくして市場に任せる小さな政府を目指すのが政治的な保守(米国共和党のように)の傾向かな。まだまだ大きな政府の日本はそういった意味では政府自民党も含めてリベラルなんじゃないかと思います、格差の原因とされるネオリベラルやリバタリアニズムではなく。

あと、橘さんの分析は日本の産業構造が製造業主体である前提で解説をしています。そりゃ、製造業主体だったらそうなるよねなんです。ただ、本来ならその国の産業構造が変わらないと生産性は変わらないはずです。マリアナ・マッツカートが"Value of Everything"でも紹介していますが、GDPが増えた国(=生産性が高くなった国)は金融やITなど利益の高い産業が成長しました。金融ビッグバンを進めた英国がいい例です。

日本でも英国から10年遅れて日本版金融ビッグバンを進めましたが、日本の金融業が国際的な競争力をつけることはありませんでしたし、日本がグローバルな金融センターにもなりませんでした。そういった意味で、日本版金融ビッグバンは失敗でした。また、利益率の高いソフトウェア産業も日本では育ちませんでした。この二つが日本の生産性が伸びない根本的な原因ですよね。働き方改革とかあまり関係ない。製造業でありSIである富士通やNECにソフトウェアでガンバレといっても無理があります。彼らIBMみたいなもんですから。IBMにグーグルやフェイスブックになれと言っても無理。金融オンチとコンピューターオンチが日本の「失われた三十年」の根本原因ですよね。

このようにボクと見方が異なる部分は多少はあるのですが、おすすめであることに変わりはありません。このようにデータに基づいて社会問題を検証をする書籍は日本ではあまりないですからね。

上級国民/下級国民 (小学館新書)

上級国民/下級国民 (小学館新書)

 

これ以外だと美術書をたくさん読みました。今年は美術館でいい展示がたくさんあったので。