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興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|ピケティの考える富の不平等と政治|"Capital and Ideology" by Thomas Piketty

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今年に入って登場したトマ・ピケティの新著"Capital and Ideology"は前著『21世紀の資本』をさらに発展させ、経済不均衡と政治の関係を歴史的に紐解いています。ページ数も"Capital and Ideology"は1,150ページと相変わらずのレンガ本。『20世紀の資本』の696ページの倍近く増量されています。ボクの場合はオーディオブックなのでまだいいですが、普通の速度で聞いたら96時間(4日間)かかります。倍速にしても48時間ですからね。『21世紀の資本』は映画になったことだし、こちらも映画になるといいですね。

実を言えばこの本"Capital and Ideology"はだいぶ前に読み終わっています。すぐに書評を書けなかったのは、色々と理由はあります。この膨大な情報量を頭の中で整理して書評を書くのは思った以上に大変だった。これは理由の一つですね(コロナ禍で通勤時間がなくなった、映画をたくさん観るようになったが他の理由)。なるべく簡潔にまとめてみます、成功するかどうかは別として。

Capital and Ideology

Capital and Ideology

  • 作者:Piketty, Thomas
  • 発売日: 2020/03/10
  • メディア: ハードカバー
21世紀の資本

21世紀の資本

この本のテーマは『20世紀の資本』と同じで富の不平等です。裕福な人はさらに裕福になり、裕福でない人はさらに裕福でなくなる。その原因の一つが累進課税の弱体化であることは『20世紀の資本』でも詳しく解説されていましたよね。これは本書でも同じです。本書で新しいのはイデオロジーの変遷と不均衡の変遷と併せて、不均衡の原因をさらに深く分析している部分です。

境界と資産の考え方はイデオロジーの影響を強く受けます。不平等の原因はこの境界と資産に依存しているため、イデオロギーが変われば不平等性にも変化が起きます。そういう意味において、不平等は経済ではなく政治的なのだとピケティは言います。

ピケティはイデオロギーを歴史的に6カテゴリーに分けています。

  1. proprietarian
  2. social democratic
  3. communist
  4. trifunctionalist (clergy, nobility and third estate)
  5. slavist
  6. colonialists

イデオロギーごとの富の分配を定点観測するために、ピケティーが採用しているのがトップ10%、ミドル40%とボトム50%の富の配分です。これに加えてトップ1%の分配を見ることで富の分配を定点観測することができます。しかも、アメリカや西ヨーロッパだけでなく、インド、中国やアフリカまで様々な地域特性ごとに比較しています。そりゃ、1,150ページ必要だよね!ピケティも大変だったろうけど、読む側も腰を据えて挑む必要があります。

ものすごく単純にまとめてしまうと、富の不平等は時代とともに少なくなってきています。しかし、1980年代以降は再び格差が広がる傾向にあります。もうちょっとだけ詳しく解説すると、教会や貴族が所有し、平民は所有をしないトライファンクショナル(trifunctionalist)なイデオロギー(フランスのアンシャン・レジームや日本の封建時代)が解体され(フランスならフランス革命、日本なら明治維新)、特権がなくなりました。ただ、この時に補填をするかどうかが大きな議論となりました。結局、権力は分散されたのですが、富は分配されませんでした。この「権利」を「富」に変換して補填するのは奴隷解放(slavist)でも植民地解放(colonialists)でも行われました。

例えば、1833年のイギリスでの奴隷制度廃止でGDPの5%に相当する税金が補填に使われました。植民地として独立したハイチ政府はフランスに奴隷の損出として国民総所得の300%分の金額を支払い続けなければいけませんでした。まあ、酷い話ですが、権利の分配には補填がつきもので、結局は富の分配にはならない。これがずっと続きます。

職業に「権利」が紐づくトライファンクショナル(trifunctionalist)の後にやってくるのが個人所有のイデオロギー(proprietarian)です。この時は1%の裕福な人が45%の富を所有していました。この傾向は第一次世界大戦前の1914年まで続きます。富の配分のトレンドが変わるのが累進課税導入後です。日本はすでに1887年に累進課税を導入していましたが、フランスでは1914年まで採用されませんでした。アメリカではニューディールがこれに当たります。そう、本格的に富の分配がはじまったのは第二次世界大戦後です。戦争で多くの「富」が破壊されたのがその原因の一つです。

「富」にはフローとストックがあります。フローは収入です。例えば働いて得る月収です。ストックは資産です。昔からある代表的なストックは不動産ですね。累進課税といえば一般的にはフローに対する累進課税です。ストックに対する累進課税はなかなか進みませんでした。

ピケティは不公平を語る時、フローとストックを分けて語るべきと言います。ストックの不公平は、力の不公平に繋がります。資産の不公平には下限がありません。フローは違う。ストックがなくても生きていけるが、フローがなければ生きていけない(食べていけない)。生きていくために最低限のフロー(所得)が必要になります。すべての人が最低限の所得の場合、格差はありません(ベーシックインカムっぽい考えですね)。それ以上のフローがある場合は格差が生まれる可能性はありますが、それはストックのような無制限の格差ではないとピケティは主張します。

フローの場合、ボトム50%は格差が大きい国の場合は5%から10%の富を分け合っています。多くのケースでは10%から20%の富を分け合っています。しかし、ストックの場合、ボトム50%は全体の資産のほぼ0%を分けあいます。つまり、資産をほぼ持たない。同時に所得の場合、最も裕福な10%は最も不公平な場合でも全体の50%-60%以上の所得を分け合うことはない。しかし、最も裕福な10%は80%から90%の資産を持つ。

第二次世界大戦後は累進課税の効果もあり、富の再分配が行われました。富の移転は主にトップ10%からミドル40%への移転でした。ボトム50%にはほとんど再分配されていません。しかし、その再分配の傾向も1980年から再び逆転します。新自由主義の台頭です。20世紀初頭からはじまり、最大80%まで上がった累進課税は1980年代から下がりはじめ、40%まで落ちました。

ここまでが本書の縦軸となります。これに加えてインドや中国、そして植民地の状況を同じ物差し(トップ10%/ミドル40%/ボトム50%)で観測していきます。例えば、インドのカースト制度(ジャティ)はヨーロッパの三階級(教会/貴族/平民)に相当します。ちなみに、ヒンドゥー教がベジタリアンなのはベジタリアンの仏教との競争の影響なんですって。昔は動物の生贄を使っていたのがベジタリアンの仏教に批判されたのがきっかけだそうです。へー。

インドの場合、独立後は教育へのアクセスについて積極的な差別是正処置が取られます。さらに「割り当て(Quota)」を設定して、格差の是正を行います。特定のグループに対してある程度の割り当て量を確保します。例えば議員数。女性も同様。「割り当て」の考え方は社会クラスの肯定にもつながるのですが、是正には役に立ちます。アメリカではアファーマティブ・アクションと呼ばれ、大学の入学枠や企業の役員枠を設定するケースが多いですよね。日本でも女性の役員枠を積極的に作る企業が増えています。しかし、制度化したのはインドがかなり最初なのだそうです。このような格差是正処置で教育(富の格差を決める重要な要素のひとつ)とフローの格差を縮める努力をしたインドですが、ストックの格差はいまだに大きいのが実情だそうです。

中国の場合はGreat Divergence(参考:池田信夫 blog :「大分岐」から「大収斂」へ)を考察します。ピケティはアダム・スミスの自由経済はヨーロッパより中国で発達していたと言います。最初のLeap Forwardはなぜヨーロッパでおき、中国やオスマントルコでは起きなかったのか?これがGreat Divergenceですね。

「確実は答えはないが」と前置きを置きつつ、ピケティーは戦争がGreat Divergenceの原因だったのではないかと考えます。ヨーロッパは分断されて戦争が多かったけど、中国(清朝の時代)やインドは分断されていても、それほど争いは多くなかった。三角貿易の破綻を大麻で補おうとしたイギリス。それを食い止めようとした中国。イギリスは軍事的な優位性で中国を潰しました。これがアヘン戦争。中国の財政はとても健全でした。しかし、この戦争の賠償金で中国は初めて大きな負債を負うことになりました。ピケティはGreat Divergenceの原因はヨーロッパの資本主義が勝ったわけではなく、軍事力で勝ったからだと言います。まあ、確かに「アヘン戦争」はヒドイ戦争ですよ。

このほかにロシアの農奴の分析や北欧諸国の分析もあります。もっと色々と書いてあるのですが、皆さん頑張って読んでみてください。ここまでが本書の横軸となります。大体2/3くらい!やっと後半だ!

後半は現在の状況の説明と、考えられる未来の考察となっています。例えばストックの富の再配分が進まないのは金融資産の複雑化が原因で、ファイナンスインカムが累進課税の逃げ道になっているなど。アメリカの生産性は1910年がピークで、徐々にイギリスやフランス、日本に追いつかれていきます。フランスとドイツは時間当たりのGDP(=生産効率)においてアメリカを1980年に抜きます。なぜ、アメリカの生産性はスローダウンしたのか?それは格差が広がったからだとピケティは言います。アメリカの初期のアドバンテージは1910年からPrimary Education(5-11歳)とSecondary Education(12-17歳)での教育制度だったのですが、格差でこのアドバンテージが徐々に失われました。

不平等がイデオロギーの問題で、政治的なのであれば、投票行動が不平等の解消につながります。投票パターンは教育、資産、収入の三つの要素に影響を受けます。まず、大きな傾向として、貧しい層ほど共産主義や社会主義の政党に投票する傾向があり、富裕層は保守に投票する傾向にあります。資産格差の方が投票パターンに大きく影響を与え、教育格差の影響は資産格差より影響が小さいことがわかっています。

この前提をもとにピケティは現在の傾向を四つのパターンに分類しています。まず、左か右かで分けることができます。左は一般的にリベラル、右は一般的に保守と言われます。高等教育を受ける人(Brahmin Left)ほど左側に投票する傾向が強くなり、ビジネスをしている人(Merchant Right)は右側に投票する傾向が強くなります。 また、これは興味の範囲が国外まで向けられているか(Internationalist)、国内に閉じているか(Nativist)かに分けることができます。格差って国内だけじゃないですからね。

  Brahmin Left Merchant Right
Internationalist Egalitalian Internationalist Iegalitalian Internationalist
Nativist Egalitalian Nativist Iegalitalian Nativist

これが現在の傾向なのですが、それぞれ「罠」にハマっているとピケティは指摘します。もっと良い未来があるはずだと。可能性はいくつもあり、その中でもsocial federalismとparticipatory socialismは良い未来の可能性の有力候補だとピケティは考えています。これがピケティたちのDemocratization of Europeの活動に繋がってるんでしょうね。

ボクは「アベガー」とか「スガガー」みたいな定型句で保守を批判をするリベラルな人たちにも、「パヨク」みたいなレッテルでリベラルを批判をする保守な人たちにもあまり共感できません。まず、右も左も自分の立ち位置が正しいと思い込んでいる。自分自身に無批判なんです。まさに「罠」にハマっている状態だと思います。そんな人たちに「お前はわかっていない」とボクは右からも左からも説教されることが多いです(苦笑)。そりゃそうだよ、ボクはキミたちにビタイチ共感していないんだから。自分は正しいと思い込んでいる人たちから見たら、ボクは「わかってない」のでしょう。でも、ゴメンネ。ボクは単なる批判は下らないと思ってる。全く興味がない。新しい可能性に興味があります。

人間なので当然バイアスはありますから、四つのパターンのどこかにハマっているはずです。ボクはEgalitalian Nativistだと思います。ピケティはEgalitalian Internationalistだと思います。そして、ピケティはそれに自覚的です。その立ち位置から目線は将来に向いている。それが自分の現在の立ち位置と違って全然構わない。事実をコツコツ集めて、より良い社会のあり方を考えて提示している。"They Don't Represent Us"を書いたローレンス・レッシグも同じですよね。ボクはこういう新しい方向性を指し示すことができる人を尊敬します。