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音楽評|コンピレーションアルバムの意味|Future Bubblers 3.0

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ボクは論理的思考をする傾向があると自分では認識しています。ボクと仕事で関わっている人もボクを論理的思考をする人間だと評価しているんじゃないかと想像します。そう言われますし。しかし、ボクは全く論理的ではない行動をすることがあります。ボクとプライベートで関わっている人たちも、ボクが何かおかしなことをしても「まあ、カタパルトさんだから」と笑って受け流してくれていると願います。出会う場面によってボクに対する評価は大きく変わるでしょう。自分でも認識しています。ボクが特別に多面的な人間というより、人間はそもそも多面的な生き物です。

レコードプレーヤーを持っていないのにレコードを買ってしまうのもボクの非論理的行動の一つです。この前も名作ゲーム『Mother』と『Mother 2(売切れ)』のサントラLPの再発盤をThe Yeteeで買ってしまいました。そして、いまもポチろうかどうかこの瞬間も悩んでいるのがFuture Bubblersの三枚目のコンピレーションです。このアルバムはスポティファイでも聴けるので、わざわざレコードを買うのは非合理的です。

Future Bubblers 3.0 [Explicit]

Future Bubblers 3.0 [Explicit]

Future Bubblersはジャイルズ・ピーターソンが立ち上げた新人発掘プロジェクトです。いまは新人もいろんなチャネルから注目を浴びることができるので、才能さえあれば世の中に知られる機会は多いですよね。YouTubeやスポティファイからデビューしたっていいし。CDやLPのようなメディアの流通にこだわらなければ。

だって、日本だったらt-Ace(ティーエース)なんてCDも一応は出してますが、基本はストリーミングですよね。レペゼン地球もそうですね。特にミレニアル世代にとって、アルバムなんて音楽的にはほぼ意味がないんじゃないでしょうか。アイドルファンのイベントのチケットくらいの価値でしょう。

海外に目を向けてみれば、チャンス・ザ・ラッパーなんて無料ダウンロードできるミックステープというフォーマットでグラミー賞にノミネートされちゃいましたもんね。パッケージにもう意味はなくなってしまいました。すでにパッケージ販売よりもライブ演奏の方が儲かるようになってしまった音楽ビジネス。LPレコードというフォーマットが生まれたのが1948年(CDは1982年)で、それがパッケージとしての音楽ビジネスの幕開けでした。それから70年が経ちましたが、100年経たずにパッケージビジネスとしての音楽は終わりましたね。

80年代が青春のボクが好きだったコンピレーションアルバムはハル・ウィルナーの"Stay Awake"とかNMEが出した"Sgt Pepper Knew My Father"とか。ディズニーやビートルズといったはっきりしたテーマをベテランに混じって新進気鋭のアーティストが料理するものが多かったです。最近だと(それでも10年前だけど)Red Hot Organizationの"Dark Was the Night"ですね。ダーティー・プロジェクターズはこれで知りました。コンピレーションアルバムで新しいアーティストと出会う時代は確実にありました。

きっと、Future Bubblersに参加している新人さんたちもストリーミングとか普通にやってるでしょう。Future Bubblersってスポティファイでも聴けるから、これで名前が知れればいいなあという感じじゃないかと。パッケージビジネスとしてではなく、宣伝としてのコンピレーションアルバム。これも時代ですよね。いいことなんだと思います。

それでも、LPの生産量は増え続けているのも不思議なものです。それはインターネットの時代に万年筆を買うようなものなのでしょうね。あ、ボクは万年筆も好きで、青山の書斎館とかたまに行きます。書斎館のホームページ(!)もそろそろAdobe Flashやめればいいのにね。レスポンシブとか何それ?って感じなんでしょうね。

なんだかとりとめのない話になりました。まあ、アナログってのはなくならないんだろうな、ボクみたいなひねくれ者がいるかぎり。