カタパルトスープレックス

興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|世界の終わりの現在|"Notes from an Apocalypse" by Mark O'Connell

f:id:kazuya_nakamura:20201024213419p:plain

「世界の終わり」は魅力的なトピックで、遥か昔からずっと語られてきました。世界の終わりはもうすぐだ!と。マーク・オコネルも「世界の終わり」に取り憑かれた一人で、その研究成果をまとめたのが本書"Note from an Apocalypse"です。専門書と言うよりはエッセー。

この本は「世界の終わり」についての本ではありません。つまり、未来について予想はしていません。この本は「世界の終わりの現在」についての本です。マーク・オコネルの個人的な「世界の終わり」への執着心と不安が起点となっていて、その正体を探るために世界の終わり巡礼の旅に出ます。サウスダコタ、ニュージャージー、スコットランド、チェルノブイリ……

Notes from an Apocalypse: A Personal Journey to the End of the World and Back

Notes from an Apocalypse: A Personal Journey to the End of the World and Back

  • 作者:O'Connell, Mark
  • 発売日: 2020/04/14
  • メディア: ハードカバー

なかなか面白い構成になっていて、前半がルポルタージュ風で資本主義を中心として保守の人たちが「世界の終わり」に対してどのように考えていて、どのように行動しているかが描かれています。後半はエッセイ風で旅を通じてマーク・オコネルが「世界の終わり」について内省的に考えるプロセスを描いていきます。前半と後半では少し雰囲気が違います。

まずは主に保守な人たちがどのように「世界の終わり」を考えているか。プライベートでささやかな取り組みからピーター・ティールの海上都市、さらにイーロン・マスクの火星移住まで話が徐々にデカくなっていきます。マーク・オコネルが彼らに対する視線はかなり冷ややかで、「世界の終わりのために準備しているのではなく、自分たちのファンタジーのために準備をしている」と一刀両断です。世界が終わった後に、いかに自分が生き残るか(そして自分が理想とする世界を作るか)に力点が置かれているのが特徴です。世界を終わりから救おうなどとは考えていない。

最初に登場するのがプレッパーズと呼ばれるサバイバルマニアたちです。彼らの特徴は保守的な思想の持ち主で、白人男性至上主義が見え隠れしています。サバイバル商品にこだわりがあるのも特徴で、世界の終わりなのに商業主義なのってどうよ?とマーク・オコネルもチクリと批判します、同じ「世界の終わり」に取り憑かれた人間として共感する部分はあるものの。プレッパーズの上位版のラグジュアリー・サバイバルもあります。その代表がVivosです。お金持ちのために高級シェルターとサバイバルネットワークを販売しています。世界の終わりがきても、安心してラグジュアリー生活を送ることができます。

さらに金持ちなプレッパーズは高級シェルターでも満足できません。自分の国がダメになった時、他の国にも逃げ場が欲しいよね!保守系のサバイバリストに人気がある国がニュージーランドなのだそうです。金持ちといえばテック系でIPOした元スタートアップ創業者。彼らの多くはリバタリアンで、そんなテック系リバタリアンな金持ちの愛読書が"The Sovereign Individual"。この本に影響されて「リバタリアン的な国を作るのだ!」と選ばれた国がニュージーランドで土地を買いまくられているのだそうです。LinkedInのリード・ホフマンもそうですし、a16zのマーク・アンドリーセンもそうです。その代表者がピーター・ティールでニュージーランド国籍まで取得しています。もう、お前らバカじゃないの?お金を持ちすぎると、ろくなことしないですよね。そんな無駄遣いをしてるから批判されるんだよ。

自国がダメだったら、ニュージーランドに移住すればいい。でも、地球がダメになったらどうするよ?そう考えて火星の植民地化の準備をしているのがイーロン・マスクです。スケールが違いすぎて笑うしかない。火星協会(Mars Society)という火星の植民地化と移住を目指す団体があります。なんと、この火星協会は日本にもNPO法人日本火星協会という支部があります。イーロン・マスクは火星協会でスピーチもしてますし、色々と表彰されているそうです。そりゃそうだ。テスラの赤いスポーツカーを火星に向けて打ち上げるような人ですから。マーク・オコネルに「世界の終わりではなく、自分たちのファンタジーのために準備をしている」と言われるのも仕方ない。

後半は人類はエコロジカル的な自殺行為(エコサイド)を続けていると主張するダーク・マウンテン・プロジェクトに触発されたキャンプに参加したり、チェルノブイリの廃墟を観光するエクストリームツアーに参加したりしながら、自分自身の「世界の終わり」に対する不安と対峙していきます。太陽が膨張し続ければ地球はなくなる。大量絶滅は地球ですでに五回も起きている。その六回目が人類だからどうしたと言うのか?「世界の終わり」はいつかは来る。ひょっとしたらCOVID-19で世界は終わるかもしれない。温暖化が続いて、将来的には人間が地上で生きていけなくなるかもしれない。そんな終わりゆく世界を子供達に受け継いでいいのだろうか。そもそも、人が多すぎるのに子供を作っていいのだろうか?マーク・オコネルはどちらかと言えば悲観的な人ですが、最後には自身の子供達に救われます。