カタパルトスープレックス

興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|人間の「仕事」消滅後の世界|"A World Without Work" by Daniel Susskind

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 人工知能によって人は仕事が奪われる!この手の話はすでにクリシェですよね。今さら真面目に語ってどうするの?今回紹介する"A World Without Work"はまさに語り尽くされた感のあるこのネタを改めて大真面目に検証する本です。

本書を書いたダニエル・サスキンドは情報化による法律実務のパラダイムシフトなどの論文で日本でも知られるリチャード・サスキンド教授の息子さんです。"The Future of the Professions"を父親と共著で出していますが、今回が初めての単著となります。

A World Without Work: Technology, Automation, and How We Should Respond

A World Without Work: Technology, Automation, and How We Should Respond

  • 作者:Susskind, Daniel
  • 発売日: 2020/01/14
  • メディア: ハードカバー
The Future of the Professions: How Technology Will Transform the Work of Human Experts

The Future of the Professions: How Technology Will Transform the Work of Human Experts

本書は既に多く語られた感のあるトピックを現在のトレンドに合わせて整理整頓することにより、新鮮な視点を提供することに成功していると思います。例えば、トマ・ピケティが提起しているような格差問題、GAFAの独占の問題にまで議論を広げています。風呂敷を広げすぎると、畳むのは大変。でも、ちゃんと整理整頓できていると思います。

ダニエル・サスキンドは「テクノロジーが人から職業を奪う」という予測がハズレてきたのか、そして、なぜその予測は今度はハズレないかもしれないのかを説明していきます。まず、テクノロジーが人から職業を奪わなかった理由が以下の三点となります。

  1. テクノロジーは人を効率的にする
  2. テクノロジーはパイを大きくする
  3. テクノロジーはパイを変える

経済学におけるスキルの定義は学歴でした。高学歴=高スキルという考え方。スキルプレミアムモデルと言います。しかし、スキルプレミアムでは説明できない事象が起きてきました。二極化です。そこで新しいタスクベースの仮説が生まれました。それがALM仮説です。「テクノロジーがルーティンなタスクをなくし、人はクリエイティブな仕事ができるようになる」という楽観的な考えはここからきています。人間とテクノロジーは補完的な関係であるというのが「1. テクノロジーは人を効率的にする」考え方で、これまではその仮説は正しいように見えます。

また、テクノロジーは生産力が高いのでパイを大きくします。パイが大きくなるので、人の労働する余地は残されるのです。さらに農業から工業、工業からサービスへ産業が移行したようにテクノロジーはパイ自体を変える効果もあります。テクノロジーが一部の人のタスクを奪ったとしても、新しいタスクが生まれます。ALM仮説によりテクノロジーと人間の関係性はうまく説明ができたと思われました。しかし、結論を出すのはまだ早いとダニエル・サスキンドは主張します。

これまでのテクノロジーは人間が指示をする必要がありました。AIは人間を真似ることで失敗を繰り返してきました。人間を頂点とした考え方が(間違っていたと言わないまでも)うまくいかなかったのです。しかし、現在のAIは人間を真似ることをやめました。AIは人間から学ぶことなく最適解を見つけることができるようになりました。AlphaGo Zeroのように。AGI(強いAI)は遠い将来に可能になるかもしれませんが、目先にある特定のタスクを人間よりできるようになることを目指したANI(弱いAI)が勝利しました。人間が唯一の頂点なのではなく、複数の頂点があり得るとANI(弱いAI)は証明しつつあります。そうなると、人が説明できるルーティンなタスクだけでなく、人が説明できないノンルーティンなタスクもテクノロジーで人間とは違ったやり方でできるようになることを意味しています。

AIが進化した世界において、ALM仮説でも説明ができないようになってきたとダニエル・サスキンドはいいます。ルーティンではない仕事もできるようになってきた。もちろん、クリエイティブな作業を含めて全ての仕事がルーティン化してしまうには数十年かかるかもしれない。ひょっとしたらそれ以上かかるかもしれない。ジューディア・パールが言うように現在のAIでは因果関係を見つけることはできないと主張していますし。マーカス・デュ・ソートイもAIがアートを作れるようになる日は来ないのではないか?と示唆しています。現在は確かにそうなのですが、100年後の未来までは誰もわからないし、テクノロジーが、これまでは「ノンルーティン」だと考えられてきたタスクを「ルーティン」としてできることが多くなってきているのは確かなのですし、「ルーティン」の割合は徐々にですが大きくなり続けています。

テクノロジーが人間の仕事を奪うと何が起きるのか?貧富の差が生まれた要因の一つがテクノロジーだとダニエル・サスキンドは解説していきます。この本の前半はAIについてなのですが、後半は経済や社会の仕組みの話になっていきます。人間の仕事がなくなった世界で、私たちはどのような社会の仕組みを作ることができるのでしょうか。ここで大きく参照されるのがトマ・ピケティです。格差をなくすには累進課税が必要だし、資産に対する税金も強化しなければいけない。この辺の主張は丸ごとピケティです。さらにベーシック・インカムにも主張を展開していきます。ただし、ダニエル・サスキンドは全員に平等なUBIは信じていなくて、範囲を決めるCBIが必要だと主張します。

本書は現代の言論トレンドを「うまくまとめた」感があります。すごく現代の今旬なテーマをよく研究してるし、それを一つのパッケージとしてまとめたのは素晴らしい手腕だと思います。しかしながら、ダニエル・サスキンドが持つユニークな考え方が見えてこないのも欠点ですね。「よくまとめたなー」とは思うけど、新しい考え方には全く触れることがなかった。何とか自分の立ち位置を作ろうと頑張っている若い研究者の本。そう考えれば、少しはあたたかい目で応援したくもなってきますが。