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興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|シリコンバレーのユートピアドリームから目を覚ませ|"People vs Tech" by Jamie Bartlett【2018年夏休み読書週間】

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これまで新しいテクノロジーで古い仕組みを壊すことはいいことだとされてきました。既得権益にあぐらをかいている古い業界を新しくする。そして、多くの場合、新しいテクノロジーを使うのは小さなスタートアップで、古い仕組みと既得権益にしがみつくのは大企業。ダビデとゴリアテ。でも、本当にそうでしょうか?

確かに、この構図は存在していました。GoogleもFacebookもAmazonも最初はスタートアップだったのですから。しかし、UberやAirbnbのようなユニコーンですら今は日本の大企業より大きな資産価値評価です。このようなプラットフォーマーは大きすぎてすでに小さな英雄ダビデとは言えない。彼ら自身が大きなゴリアテになってきている

今回紹介するジェイミー・バーレットの書籍"People v. Tech"の主題は技術による民主主義への攻撃です。

The People Vs Tech: How the internet is killing democracy (and how we save it)

The People Vs Tech: How the internet is killing democracy (and how we save it)

操られる民主主義: デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか

操られる民主主義: デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか

 

 

このような論調や警笛は最近のメディアでは増えてきています。Facebookとケンブリッジアナリティカの事件でマーク・ザッカーバーグは上院の公聴会の出席を余儀なくされました『ザッカーバーグ氏が議会で証言、情報流出を謝罪 ロシアと「軍拡競争」』。また、日本ではあまり報道されていませんがUberもドライバーが最低賃金ギリギリしか収入を得られないことで批判にさらされています "Uber Better Not Be the Future of Work"。このようなプラットフォーマー寡占について書かれたスコット・ギャロウェイのベストセラー"Four"もその代表ですね。

前提1:反面教師としての「悪の帝国」マイクロソフト

Google、Amazon、FacebookやApple(GAFA)以前のプラットフォーマーはMicrosoftでした。そして、Microsoftは「悪の帝国 (Evel Empire)」と言われてきました。そして最終的には独禁法で訴えられるに至ります。アメリカ合衆国対Microsoft(United States v. Microsoft Corp.)の裁判です。

Google、Amazon、FacebookやAppleは同じ道をたどりたくありません。だから、「悪の帝国」と見られないような発言を心がけます。以前のGoogleのモットーだった「悪にならない (Don't be evil)」もその意識の表れとも言えます。「好かれる企業イメージ」はGAFAにとって非常に重要です。Uberは創業者のトラビス・カラニックを追放しましたが、そうしないとUberのイメージが悪くなる一方だったからです。 彼の行動は目に余るものがありました。Uberの運転手に暴言、元社員にセクハラ、ユーザーの利用状況を閲覧できるデータベースの不適切な利用などなど。

「悪の帝国」時代のマイクロソフトより良い印象を与えたとしても、寡占状態のプラットフォーマーの持つ危険性は変わらないし、当時のマイクロソフト以上の危険性があります。

前提2:サイバースペース独立宣言とテクノロジーユートピア

サイバースペース独立宣言」はグレイトフル・デッドの作詞家であり電子フロンティア財団の共同設立者のジョン・ペリー・バーロウがインターネットとインターネット上での活動は統治できないし、されるべきではないとダボス会議の期間中にメールで宣言したものです。

では、そのユートピア思想は民主主義よりも尊いものなのか?というのが今回紹介する"People vs Tech"が投げかけている疑問です。

民主主義の敵としてのテクノロジー

今回紹介するジェイミー・バーレットの書籍"People v. Tech"が面白いのは個別企業の独禁ではなく、民主主義の敵としてテクノロジーを位置付けているところです。つまり、アメリカ合衆国対グーグル(United States v. Google)のような個別企業との独禁法での争いではなく、民主主義対テクノロジー(People v. Tech)です。

ジェイミー・バーレットによれば民主主義には6つの柱があります。

  1. 活発な市民(Active Citizens)
  2. 共有された文化(Shared Culture)
  3. 自由選挙(Free Election)
  4. ステイクホルダーの品質(Stakeholder Quality)
  5. 自由競争(Competitive Economy)
  6. 権威に対する信頼(Trust in Authority)

これら全ての民主主義の柱に対して現在のテクノロジーは攻撃を与えているというのがこの本の趣旨です。これら全てを紹介することはできませんが、この中から代表的なものをピックアップして紹介します。ちなみに最後の「権威に対する信頼」はサイファーパンクについてでここだけプラットフォーマーじゃないんですが、これはこれで面白いなーと思いました。これはテクノロジーというより「完全自由主義」対「民主主義」ですね。本来は対立する考えではないのですが、この本ではそのように捉えられています。

自由選挙の危機

ドナルド・トランプが勝利した2016年アメリカ合衆国大統領選は選挙を変えたと言われています。デジタルキャンペーンが選挙の結果に大きな影響を与えることを証明しました。そしてロシアなどの外国がデジタルツールを使ってアメリカの大統領選に影響力を与えることができると証明しました。

トランプは大統領選で徹底的にデジタルキャンペーンを行いました。それがProject Alamoです。Project Alamoでは「ダークアド」と言われるデータを徹底的に活用した手法が展開されました。個人データの不正利用で有名となったケンブリッジアナリティカも深く関わっています。テレビ広告でもサブリミナル効果の使用など問題になりますが、Project Alamoでは選挙民のWebのデータを分析して徹底的なマイクロターゲティングを行い、最適化されたメッセージを配信し続けました。トランプ本人ではなく、Project Alamoのスタッフたちがメッセージを作成、A/Bテストで最もエンゲージメントが高いメッセージに仕上げていきます。

もし、政治家が有権者の行動データを使って投票行動まである程度操作できるのであれば、それは自由選挙に対する大いなる攻撃ですね。

文化とアイデアの独占

プラットフォームは寡占状態を生み出します。検索ならGoogleだし、ソーシャルネットワークならFacebook、eコマースならAmazon。競争がないわけではない(=独占状態ではない)のですが、ネットワーク効果で彼らの存在は突出(=寡占状態)します。新しい競合も生まれますが、プラットフォーマーは競合の芽が小さいうちに買収します。

以前であれば独占や寡占の弊害は価格の操作でした。競争相手がいないから価格を高く維持できる。しかし、現代の独占や寡占の問題はパワーとデータの集中です。これにより、価格の操作よりさらに重大な「文化の操作」ができます。

アメリカではオンライン海賊行為防止法案に反対するため、Googleはキャンペーンを仕掛けます。この法案は否決されてしまいます。問題はGoogleがその法案に反対していることではありません。いい法案なのか、悪い法案なのかでもありません。Googleがトップページでキャンペーンを行うことで、多くの人に影響を与えることができたということです。そしてそのような影響力を行使できるのはGoogleのような限られた企業だということです。寡占状態なのですから。

他にもUberはChange.orgを使ってロンドンの規制と戦うキャンペーンを行ったり、Airbnbはホストのコミュニティー(ホームシェアリングクラブ)を作り、そのコミュニティーから地方政治にアピールするキャンペーンを行ったりしています。ロビー活動は企業に認められた権利ですし、その主義主張も間違っていないのかもしれません。問題はこのようなキャンペーンを行って影響力を行使できるのが限られたプラットフォーマーだけだということです。ソフトバンクの孫さんはたまにポジショントークをやりますが、あれを組織的にやってるようなものです。

日本人が考えなければいけない大切なこと

日本の場合は「ダビデとゴリアテ」というよりは「ペリーの黒船来航」に例えたほうがいいのかもしれません。変われない日本の業界を変えてくれる海外の先進企業。ただ、中国をみてもわかるように外に変えてもらうより、中から変わったほうがいいんですけどね。

海外の先進企業を盲信するだけでなく、プラットフォーマーがどのような批判にさらされているのか、きちんと理解することも大切です。日本のゴリアテ(伝統的な業界)が海外のゴリアテ(プラットフォーマー)に変わっただけになったら意味ないですよね。利用できるところは利用する。でも、自分たち自身がいいように利用されないように細心の注意を払う。それくらいのしたたかさが必要でしょう。EUなんていい例です。

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