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書評|天才は回り道をしながら遅れてやってくる|"Range" by David Epstein

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幼年期からの英才教育。タイガー・ウッズやチェスのポルガー姉妹のように特定の分野を小さなころから徹底的にやりこんだ天才たちを例にとって、専門教育に取り組むケースがあるようです。さらに、マルコム・グラッドウェルの『天才! 成功する人々の法則(原題:Outliers)』(本当にダサい日本語訳タイトルだ!)で有名になった一万時間の法則(何かに秀でた人は、その分野で一万時間を使っている)も相まって、なるべく専門分野を決めて、それに集中する傾向に拍車がかかりました。その傾向に異議を唱え、むしろ幅広いスキルを手に入れたほうが何かを成し遂げる可能性が高いと唱えているのが今回紹介する書籍"Range"です。

この本を書いたデヴィッド・エプスタインはローレンス・レッシグの"America, Compromised"のなかで少し触れられていたProPublicaで調査報道を務める記者ですが、もともとは雑誌『スポーツ・イラストレイテッド』などスポーツ記者でした。本書のタイトルである"Range"は「幅広さ」を意味しますが、彼自身も幅広いキャリアを持っているようです。

Range: Why Generalists Triumph in a Specialized World (English Edition)

Range: Why Generalists Triumph in a Specialized World (English Edition)

マルコム・グラッドウェルが紹介した一万時間ルールでは、専門的なことに時間を費やすと、その分野で頭角を現す可能性が高いと言っています。しかし、幼少期にはサンプリングピリオドという何でもやる期間が重要だとわかってきているそうです。代表的な例はW杯で優勝した2014年ドイツのサッカーチームで、22歳以降に専門的な組織サッカートレーニングを受けた選手が多かったそうです。

このほかにもトム・ブレイディ(フットボールの前に野球でドラフト入り、野球、フットボール、バスケットボール、空手のどれを専門にするか悩んでいた)ニック・フォールズ(大学までフットボールとバスケットボールのどちらを選ぶか悩んでいた)、エステル・レデツカ(スキーとスノーボードの両方で金メダル。その前はビーチバレーボールとウィンドサーフィン)やワシル・ロマチェンコ(様々なスポーツをやって、最終的にボクサーになる)などの例を挙げています。さすがに元スポーツ記者!

ポリマスの時代

この傾向はスポーツに限らず、ビジネスでも同じだそうです。マーク・ザッカーバーグは「若い人たちは単純によりスマートだ」といいましたが、実際には50代の起業家は30代の企業かと比べて2倍の成功している実績があり、急成長しているスタートアップの創業者の平均年齢は45歳なのだそうです(ちなみに、日本は43歳だそうです)。ゆっくりと学ぶのが最も効果的な学習なのだそうです。それは中年でも同じで、早ければいいということではないとのこと。日本のおじさんたちも頑張りましょう。

前回に紹介したイントラヴァートもそうですが、英語圏でここ最近注目されている単語に博学者(ポリマス:Polymath)があります。ポリマスの代表選手がレオナルド・ダ・ヴィンチですね。最近だとネイサン・ミルボルトなんかまさにポリマスのイメージです。ポリマスは知識だけじゃなくて、技量も熟練している人なので、現代ではスポーツ選手なども含めていいのだと思います。大谷翔平の二刀流も野球に限定してますがポリマスですね。

AIに駆逐される狭い専門性とAIと補完関係にある広い専門性

タイガー・ウッズやポルガー姉妹が若い時期からの専門トレーニングの成功例とされています。これはパターンがあるもの(ゴルフ、チェス、消火作業)は経験がスキルと比例するからです。しかし、反復的なパターンが存在するものは例外であって、多くのスキルはパターンがないために経験とスキルが比例しません。

反復するパターンがあることはAIが得意分野だったりもします。AIがチェスで人間に勝てるのは反復するパターンがあるためです。エキスパートがあるカタマリをパターンとして学習します。カタマリの方がバラバラより覚えやすいからです。たとえば、20の単語を覚える場合、20の単語から構成される文章を覚えるほうが、ランダムな単語を個別に20個を覚えるより遥かに簡単です。

反復したパターンのレンジが広いほど、人間が得意分野となり、反復したパターンのレンジが狭いほどAIが得意分野となります。ガン治療のような答えのない(つまりパターンがわかっていない)研究分野はAIは手が出ませんGoogleも流行り風邪のトレンド分析をあきらめました。「高度な推論よりも感覚運動スキルの方が多くの計算資源を要する」というモラベックのパラドックスです。

この本はどんな人にオススメか

最初の方はすごく面白いのですが、途中からかなり中だるみします。あまりにも冗長なので、途中でやめてしまいました。それでも、最初の出だしはその欠点を補ってあまりある魅力があります。ボク自身も若い頃から専門分野を極めた方がいいし、若ければ若いほど輝くものだと思っていました。

それでもボクが学ぶことを辞めないのは、実際に50歳を過ぎた今でも知識は増えていると感じるし、ギターも弾けるようになったし、自分が作る新しいオリジナルカレーは美味しいし、新しいインスピレーションが湧いてくるからです。少し落ち着いたら今度はロングボードやろうと思ってます。まあ、若い人にはかなわないかもしれないけど、自分自身が実感できているんだからいいやと。

でも、こうやって研究結果を見せられると、なるほど、いつから学びはじめてもいいし、ゆっくりやればいいんだと励みになります。そういった意味で、ボクみたいなおじさんが読むと元気になると思います。