カタパルトスープレックス

興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

映画評|もう一つの『ブレードランナー』の映画化|"Taking Tigar Mountain" by Tom Huckabee and Kent Smith

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今回紹介する"Taking Tigar Mountain"はトム・ハッカビーとケント・スミスが監督、ビル・パクストンのデビュー作でもあるSF映画です。SF映画ですが、低予算ですので特殊効果なんて一切ない。設定だけ近未来。SF映画というよりは、むしろ、アートフィルムといった方がいいかも。ブライアン・イーノの同名アルバムとは関係ない……と思う。雰囲気としてはデヴィッド・リンチ監督作品の狂気的な部分。例えば、『ツイン・ピークス』シーズン3の問題の第8話や『インランド・エンパイア』のようなストーリーよりも不条理が前面に出ている感じ。

Taking Tiger Mountain [Blu-ray]

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  • 発売日: 2019/07/02
  • メディア: Blu-ray

非常に評価が難しい作品です。ボクはあまりアートフィルムが好きではないです。テーマ、ストーリー、キャラクターが曖昧になっている映画が多いから。ボクはこの三つの要素がしっかりとした映画が好きなんです。本作はこの三つの要素がかろうじて認識できる。だから、かなり混乱はしますが、ちゃんと観ていられる。そういうアートとエンターテインメントのバランス感覚もデヴィッド・リンチっぽいと思いました。

舞台はウェールズ。フェミニズムの科学者テロリストたちに誘拐されたアメリカ人のビリー・ハンプトン(ビル・パクストン)。科学者たちに様々な処置をされ、男性的な性欲を抑制された上で、暗殺者としてとある村(売春が役割として政府に割り振られた村)に送り込まれます。果たして、暗殺は成功するのか、暗殺の目的は?……というのはあまり重要ではないのですが、そういう話です。

本作のインスピレーションもとはウィリアム・S・バロウズの小説『ブレードランナー』(リドリー・スコットの映画じゃないよ)と実際にあったアメリカ人誘拐事件だそうです。確かに『ブレードランナー』っぽい世紀末感。人類の免疫力低下についても本作では言及されています。

劇中では常にラジオ放送が流れています。主にニュースで占領されたアメリカの状況やドイツでの科学者テロリストたちの活動など。それ以外にも科学者テロリストたちの実験時の会話。ただでさえ複数の会話が重なっているのに場面も現在、過去、未来が編集で繋げられるため、これは現実なのか幻想なのか分からなくなってきます。この常に流れるラジオ放送は主人公の頭の中でずっと流れているのでしょう。これは気が狂う。

この映画を観ていて思い出したのがもうすぐ日本でも公開されるロバート・エガース監督作品『ライトハウス』です。灯台(=ライトハウス)という隔離された環境で二人の灯台守が狂っていく話です。本作での主人公ビリー・ハンプトンは一人でやってる感じ。この村から抜け出せない。誰も引き止めていないのに。ひょっとしたら、これは主人公の精神世界なのではないか。村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』的な。そんな感じもします。これも『ライトハウス』と近い感覚。