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書評|GoogleやFacebookをみる新しいレンズとしての監視資本主義|"The Age of Surveillance Capitalism" by Shoshana Zuboff

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ここ数年、AIの危険性やGAFAの過度の影響を警戒する書籍がベストセラーに増えてきました。例えばキャシー・オニールによる"Weapons of Math Destruction"(邦題『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』)は現場で実際にプロジェクトに携わっていたデータサイエンティストからの視点での警告でした。

しかし、やはりトランプ政権の誕生やイギリスのEU離脱にまで影響を及ぼしたと言われるケンブリッジ・アナリティカのFacebookのデータ不正流用事件は大きな衝撃でした。テクノロジーを民主主義の敵として捉えたジェイミー・バートレットの"The People vs Tech"(邦題『操られる民主主義: デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか』)のような民主主義との対立構造はその影響下にあるでしょう。

しかし、こういった状況をどう捉えたらいいのでしょうか?これまで私たちが経験しなかった状況です。今回紹介するショシャナ・ズボフの新著"The Age of Surveillance Capitalism"はいま起きている時代のシフトを「監視資本主義」として捉え、GoogleやFacebookをその先鋒として位置づけ、新しい見方を提供しています。今年ははじまったばかりですが、おそらく今年のベスト10に入ることは確実の力作です。

The Age of Surveillance Capitalism: The Fight for a Human Future at the New Frontier of Power

The Age of Surveillance Capitalism: The Fight for a Human Future at the New Frontier of Power

資本主義の三段階のモダン化

ショシャナ・ズボフによれば、資本主義はこれまで三段階のモダン化が実現されています。最初のモダン化はFordによる大量生産。第二段階はAppleによるデジタル化。日本語的に言えば「モノからコトへ」が第二段階でした。そして、現在進行中なのが第三段階で、これがGoogleからはじまった「監視資本主義」です。

  • 最初のモダン化でFordは生産で革命を起こしました。
  • 次のモダン化でAppleはiPodとiTunesで物理的な制約から資本主義を解放しました。
  • 三段階目のモダン化でGoogleは抽出に革命を起こしました。

抽出とは原材料の抽出です。そして監視資本主義における原材料とは人の行動データです。そして、抽出したデータを予測サービスに組み込み、さらにこれらのデータは市場で売買されます。さらに、ユーザーの行動にまで影響を与えます。つまり、行動データの抽出プロセスの自動化だけでなく、行動自体に影響を与えて自動化しようとします。

監視資本主義のはじまりとしてのGoogle

Googleで行動データはあまり利用されていませんでした。その価値に最初に気づいたのはアニット・パテルだと言われています。アニットは当時は利用されていなかったクリックパターンなどの行動データに着目し、検索結果を学習し、サービス改善できることに気づきました。

この段階では、個人の行動データはサービス改善に役立てるだけ、監視資本主義ではありませんでした。行動データの価値はサービスに再投資されていたのです。実際に当時のGoogleはマネタイズの道を必死に探している最中でした。最初のマネタイズはYahooや日本のBiglobeとのパートナーシップやスポンサーキーワード広告でしたが、ドットコムバブルが弾けたため、投資家からのマネタイズへの圧力がさらに高まりました。

そして、Googleは行動データがサービスの改善だけでなく、利益の改善に役立つことを発見しました。その後はみんなのよく知るGoogleです。Googleストリートビューではじまったプライバシー侵害が四つの段階を経て世の中の批判と規制を回避する術を見つけました。無線データのハッキングとかマジでタチ悪いですけどね。

第一段階:侵入(incursion)

第二段階:習慣(habituation)

第三段階:適応(adaptation)

第四段階:回避(redirection)

このGoogleのやり方はのちにFacebookなど他の監視資本主義を代表する企業に採用されるようになります。

失われた機会

通信品位法230条は監視資本主義が生まれる前に成立した法律です。この法律により、多くのプラットフォーマーはコンテンツのパブリッシャーではなく、図書館のような仲介者だと位置付けられました。

しかし、プライバシーの侵害による懸念が高まる中、その見直しの動きがはじまった矢先に起こったのが911です。プライバシーよりセキュリティが政治的な優先事項となり、GoogleとCIAなど政府機関など蜜月がはじまります。その代表例がIn-Q-Telですね。スノーデンの告発で明るみに出たNSAのプリズムのような監視プログラムなどもGoogleやFacebookをはじめとする監視資本主義の代表企業の協力があってこそです。

GoogleやFacebookもロビー活動や献金を通じて、政府の方向が規制に向かないように投資を増やしていきました。本来規制する側の政府を抑えられてしまっては、歯止めを利かせるのはなかなか難しくなってきます。

不可避主義の嘘

監視資本主義の企業の常套句に「技術の進歩のためには不可避」という不可避主義があります。利便性を享受したいなら、プライバシーに関してある程度譲歩する必要があるという主張です。

これは日本の識者からもよく聞かれる主張ですよね。利便性の向上のためなら自ら積極的に行動データを提供したい。もちろん、そういう人たちもいますし、そういう人たちは積極的にデータを提供して利便性を享受すればいい。しかし、そうでない人もいるにもかかわらず、その人たちに選択する権利がないことが「不可避主義」の問題です。

忘れられる権利を認めることはプラットフォーム企業から人々が権利を勝ち取った事例の一つとなりました。そして、GoogleやFacebookのような行動データを集めてそれを売買することで商売にしている監視資本主義の代表的な企業が主張する「技術の進歩のためには不可避」は真実ではなかったことがわかった事例でもありました。人々は技術の権利を失ったのではなく、民主主義のルールに沿った手続きを踏めば自らの権利を主張して行使できることがわかりました。

GDPRやクッキー法もそうですが、欧州を中心としてこのような監視資本主義に対する規制が強化されてきています。たとえば、Android端末にGoogleアプリをプレインストールを強要するのは独禁法違反ということで日本円にして約5700億円の制裁金が課せられる判決が言い渡されました。もちろん、欧州にはアメリカ企業の独占に対する政治的な意図もあるでしょう。しかし、大切なのはプラットフォーム企業だからと言って人間が持つ基本的な権利を「技術的に不可避」だという理由で放棄することを強要することはできないということです。

人質戦略と読む気のしないくらい長く複雑な利用許諾

「そういうものだから仕方ない」という不可避主義のほかに監視資本主義の企業が使う手口が人質戦略です。ユーザーの位置を示すロケーションデータやCookieなどの行動データの取得を無効にした場合、ほとんどの機能を使えなくすることが多い。これは不可避論にも通じるものがあります。もちろん、そもそも使いたい機能なのか?というのはありますよ。サムソンビジオのスマートテレビから会話を録音してニュアンスに売っているとか、バービー人形の家から子供の行動データを取得するとか実際に行われています。

でも、そのような商品を購入としたとして、すべての価値を享受するには行動データのトラッキングを受け入れなければいけないというのはいかがなものかということです。

また、そのような行動データが取得される場合は本来ならユーザーの同意が必要になるのですが、これを規定する利用許諾やプライバシー規定が読む気がなくなるくらい長く、理解しにくいという問題もあります。悪く言えばけむに巻くような戦略がとられていて、それが認められてしまっているというのが現在です。

この本はどんな人におすすめか

特に事情通を自任する方には読んでいただきたい書籍です。ひょっとしたらもうすでに理解されているかもしれませんが、「利便性のためには多少のプライバシーは犠牲にすべき」というのが一方的な主張だという知識はアップデートしたほうがいいでしょう。それを選択する権利はGoogleやFacebookではなく、人間にあるという考え方が広まりつつあります。