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書評|ブロックチェーンと法律|"Blockchain and the Law" by Primavera De Filippi

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法律は国によって定められています。国によって法律は違います。そのため、国をまたがる場合は合法と非合法、正義と悪の境界線が非常に曖昧になります。その曖昧な世界が大きければ、大きいほど法による管理は難しくなります。海の世界がその代表例ですね。どの国にも属さない海の領域(公海)での犯罪はどうする?とか。インターネットの世界も同様で、国をまたがる法整備や合意形成が慎重に進められています。そして、最近そのリストに加わった一つがブロックチェーンの世界です。

今回紹介する書籍"Blockchain and the Law"で著者である法学者プリマヴェラ・デ・フィリッピは現在進行形のブロックチェーンにおける法律の関わり方を解説しています。

Blockchain and the Law: The Rule of Code

Blockchain and the Law: The Rule of Code

まず、プリマヴェラ・デ・フィリッピはインターネットとブロックチェーンの発展の歴史を振り返ることで、法律との関わりのポイントを整理していきます。ブロックチェーンは三つの大きな流れが交わった地点にあります。インターネット、P2Pとサイファーパンク。ランド研究所でのポール・バランによるパケット交換の開発国防高等研究計画局(DARPA)などインターネットの成り立ちからP2Pやサイファーパンクを経由してブロックチェーンの誕生とビットコインやイーサリアムへ発展した現在までをじっくりと解説します。

P2Pはインターネット以降に生まれた最も破壊的なアプローチの一つです。その第一世代がナップスターでした。ナップスターのP2Pによる音楽共有はボクも使ってましたが本当に衝撃的でした。ナップスターは中央集権的なインデックスで管理されていたため、権利保有者から責任逃れをすることができずに破綻しました。第二世代のビットトレントやヌーテラはピュアP2Pと呼ばれ、中央にインデックスを持たずに分散化管理をします。ビットトレントの場合はtorrentファイルを分割してノードで共有します。

サイファーパンクの「サイファー」の意味は「鍵」です。暗号化技術によるリバタリアン思想がその根底にあります。サイファーパンクたちによってブロックチェーンに先駆けて暗号化技術を使った電子マネーも開発されました。それがデイビット・ショーンのデジキャッシュでした。しかし、デジキャッシュのアーキテクチャーはクライアント・サーバーでした。サイファーパンクたちはブロックチェーンやスマートコントラクトなどコアな技術を生み出し続け、サトシ・ナカモトと自らを呼ぶ個人またはグループがビットコインを生み出しました。

ローレンス・レッシグは『CODE インターネットの合法・違法・プライバシー』でコードが法律"Code is Law"だと宣言しました。もうちょっと具体的に言えば、管理の手段として法律、市場、規範とアーキテクチャの四つがあって、アーキテクチャがコードということです。法律と同様にコンピューターのコードによって行動が規定される。インターネットは実際の法律とプログラムの間で整合性を取ることが可能でした。それはインターネットの管理は完全には分散化されていないからで、管理ポイントがあるからです。例えばインターネット・サービス・プロバイダー(フレッツ光のようなISP)、決済プラットフォーム(StripeやPayPal)、グーグルやフェイスブックなど特定の国を拠点として法人として営業している企業です。

CODE VERSION 2.0

CODE VERSION 2.0

多くのブロックチェーンの分散化システムの場合は特定の国の法律で縛ることが難しい場合が多いです。プリマヴェラ・デ・フィリッピは簡単に法律がどのように現代のような形になってきたのか簡単に解説してくれます。ミシェル・フーコーは『監獄の誕生―監視と処罰』で刑罰の近代化を描いています。法律は18世紀の前と後に一本の線を引くことができます。18世紀前の君主制の頃は体罰が中心。18世紀から19世紀にかけて現在の刑法が確立され、管理の手法として監獄ができました。ミシェル・フーコーはパノプティコンをその象徴としています。レッシグの法律、市場、規範とアーキテクチャの分類を使えば、「規範」がそれにあたるでしょう。それを発展させたのがジル・ドゥルーズで、見られているかもしれないという社会の管理(society of control)が行動を規定するようになるとしています。ブロックチェーンを支持している人たちはこの考え方を好みます。法律に縛られるのではなく、社会の管理に委ねるという考え方。

フーコー・コレクション〈4〉権力・監禁 (ちくま学芸文庫)

フーコー・コレクション〈4〉権力・監禁 (ちくま学芸文庫)

  • 作者: ミシェルフーコー,小林康夫,松浦寿輝,石田英敬,Michel Foucault
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2006/08/01
  • メディア: 文庫
  • 購入: 3人 クリック: 19回
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そうはいっても、インターネットやブロックチェーンの中だけで生きていけないし、自分が暮らしている国の法律から逃げることもできません。どこかしらで折り合いをつける必要があります。例えば、Rippleはすでに銀行間の外国為替取引で使われはじめています。個人間で同じことをする仕組みとしてAbraがあります。例えば、出稼ぎで海外に出ている人が、家族に送金する場合とかにいいですよね。必ずしも出稼ぎの人がその国で銀行口座を持てるとは限りませんし。犯罪に使われることも考えられます。マネーロンダリングや麻薬取引や人身売買などなど。

犯罪を防ぐために、銀行は口座の持ち主の身元を確認する義務を法律で課せられています。これを本人確認義務(KYC:Know Your Customer)と言います。コインチェックやDMMビットコインのような日本に法人を置く中央管理の取引所であれば、日本の法律に従って本人義務確認をすることを義務付けることもできるでしょう。しかし、ブロックチェーンで完全に分散化されてしまってはそれもできません。だって、誰に確認すればいいのでしょう?ZcashMoneroのような匿名通貨や、技術的にはゼロ知識証明リング署名です。

そして、スマートコントラクトです。スマートコントラクトは法的拘束力があるのか?法的拘束力があるのであれば、どのような場合にどの国の法律が適用されるのか?例えば、アメリカでは契約書や発注書も紙である必要はありません。実際に電子データ交換(EDI)ではそのように運用されています。Corda Japanの記事ブロックチェーンで受発注プロセスを”デジタル化”するでEDIがどのようにブロックチェーンに置き換わる可能性が開設されていますが、取引には現時点ではたくさんのプロセスが必要となっています。これをスマートコントラクトで効率化することができると考えられています。電子サインが有効な国も増えてきていますしね。物理的な商品取引だけでなく、株式やデリバティブなどの金融商品取引をトークン貸してスマートコントラクトで取引をすることにより効率化できる可能性があります。

スマートコントラクトによる分散化取引の特徴には透明性があります。金融の場合、取引所を経由した中央集権的な取引と、取引所を経由しない分散化した取引であるOTC(Over the counter)があります。OTCの問題点は透明性の低さで、リスクを見えづらくします。スマートコントラクトを使うことにより、分散化したOTCによる取引のセトルメントの時間を削減して、リスクを減らすだけでなく、OTC取引にも透明性をもたらす可能性があります。

そうはいっても、現実には現実の法律があり、制度があります。初期のウォールストリートの取引は分散化でした。幾度の金融危機を乗り越えて、徐々にルールづくりをしながら集権化していきました。クリアリングハウスやDTCCができました。集権化はリスクを低減して、透明性を高めました。そして、中央銀行が金融政策を実施する助けにもなりました。金融取引には多くの仲介者が存在しますが、それが安全弁にもなっています。ブロックチェーンの取引にはクリアリングハウスはないので、デフォルトが連鎖して金融危機を生み出す危険性もあります。

この本はどんな人にオススメか

現時点でのブロックチェーンの流れと法律との整合性を理解したい人にはオススメです。しかし、「答え」は提示されていません。インターネットですら国をまたがった法律は確立されていないのですから。この本では様々なユースケースでブロックチェーンと法律の整合性を考察しています。

大きく分けて、プライバシー、透明性、現行の法律とのギャップですね。例えば、失敗したDAOのような分散化組織は法律上は株式会社にできません。ジェネラル・パートナーシップなので、分散化組織に参加する個人は無限の責任を負います。アメリカではシリーズLLCが代替案として考えられますが、日本の場合はどうなるのでしょうね。

ボク自身もいろんなアプリを作る立場で、技術やビジネスモデルと法律の関係を考える機会が多いです。GDPRのようなヨーロッパの法律が全世界に影響する時代です。実際にモノやお金が関わるとなかなか単純にはいきません。デザイナーや開発者ももっと法律について知っておいたほうがいいと思うんですよね。