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興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|不条理なゲーム開発の世界を垣間見る|"Blood, Sweat and Pixels" by Jason Schreier 【2018年夏休み読書週間】

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ゲームの開発は他のソフトウェア開発とかなり違うため、なかなか理解するのが難しい分野です。今回紹介するKotakuの編集者ジェイソン・シュライアーの書籍"Blood, Sweat and Pixels"は普段垣間見ることができなゲーム開発の世界を紹介しています。

ここで紹介しているのはEAやMicrosoftといった大手のゲーム出版会社やBlizzard Entertainment(ディアブロなど)、BioWare(Dragon Age Inquisitionなど)など大手のゲーム開発会社における開発秘話を紹介しています。Halo Warsを巡るBungie(Haloシリーズの開発元)とEnsemble Studios(Age of Empireの開発元でHalo Warsを開発することになる)の確執などなかなか面白いです。

この本のエピソードを全てを紹介することはできませんが、特に面白いと思った小規模スタジオのクラウドファンディングから生まれたヒットについてのエピソードを紹介します。

 

Blood, Sweat, and Pixels: The Triumphant, Turbulent Stories Behind How Video Games Are Made

Blood, Sweat, and Pixels: The Triumphant, Turbulent Stories Behind How Video Games Are Made

 

 

ゲーム開発のプレーヤーとお金の流れ

ゲームの開発は開発会社(デベロッパー)だけではできません。出版会社(パブリッシャー)が必要となります。Haloシリーズの開発会社はBungieですが、販売しているのはその親会社のMicrosoftです。これは映画でも同じですね。制作会社と配給会社は違います。例えば、映画『アヴェンジャーズ』の場合、制作はマーヴェルスタジオですが、配給はディズニーでした。

ゲーム開発会社はゲームを作る前に資金調達をしなければいけません。主な資金調達の方法は以下の三つです。スタートアップと似てますね。自分のお金か他人のお金。

  1. 投資してくれる企業を探す
  2. 出版会社と契約する
  3. 自己資金で作る(ブートストラップ)

 そして、クラウドファンディングが新しい資金調達方法として小規模の開発会社でもユーザーから直接資金調達ができるようになりました。

クラウドファンディングによる資金調達

ObsidianはMicrosoftのXbox One Cloud用ゲーム"Stormlands"を開発していましたが、これがキャンセルに多くの開発者を解雇しなければいけませんでした。アメリカのゲーム開発のバーンレートは開発者一人につき月1万ドル(約110万円)です。多くの人を解雇したとしても、全てを解雇できない。新しいプロジェクトを見つけなければいけませんでした。Obsidianが注目したのがクラウドファンディングでした。すでにDouble Fine AdventureがKickstarterでの資金調達で知られていました。

最新の技術を使ったゲームはお金がかかります。流石に最新技術を使ったゲームを開発する資金はクラウドファンディングでは調達できません。そこで、斜め視点の古き良きロールプレイングゲーム(Isometric RPG)を開発することにします。

ゲーム開発が難しい理由

ジェイソン・シュライアーによるとゲーム開発が他のソフトウェア開発より難しい理由が四つあります。

  1. インタラクティブな操作
  2. 常に技術革新が起きている(地震の時にビルを建設するようなもの)
  3. ツールが常に変わる
  4. 計画がほぼ不可能(プレーできるようになるまで完成を計測できない)

ObsedianがKickstarterで資金調達をはじめた"Pillars of Eternity"も古き良きRPGではありましたが、同じ理由で苦しむことになります。例えばマップをどれくらい作ればいいのか?などプレプロダクションで決めます。スケジュールが間に合わない場合は機能を削ったりします。しかし、クラウドファンディングの場合はすでに機能を約束してしまっているため、それができません。

また、ツールをSoftimageからMayaに変更しましたが、素晴らしい体験を生み出すまでMayaをマスターするには時間がかかります。これは大規模な開発会社でも同様で、BioWareも"Dragon Age Inquisition"開発時に親会社で出版会社のEAが開発したゲームエンジン"Frostbite"を使用しなければならず、苦労しました。

結局、クラウドファンディングで調達した資金だけでは足りず、Obsedianは自己資金も投入する必要がありました。それでも、"Pillars of Eternity"は大ヒットし、Obsedianははじめて独自の資産(著作権など)を手に入れることができました。

この本では同様のクラウドファンディングのケースとしてYacht Club Gamesの横スクロールのアクションゲーム『シャベルナイト』も紹介しています。

ゲームのブートストラップ

この本で紹介されているエピソードの中で特に面白いと思ったのがエリック・バローンがたった一人で4年半かけて開発した『スターデューバレー』です。以前にブートストラップ(自己資金)のスタートアップを紹介するシリーズを掲載しましたが、『スターデューバレー』はブートストラップ(自己資金)というだけでなく、ソロ(一人)です。

エリック・バローンは大学卒業後にソフトウェアエンジニアとしての就職先を探しますが、見つかりませんでした。そこで、ソフトウェアエンジニアとしての経験を積むために個人でゲームを作りはじめます。『牧場物語(音が出るので注意)』が好きで彼女のアンバー・ヘイグマンと一緒にプレーしていたので、同じようなゲームを作ることにします。

彼女とシアトルのダウンタウンのワンベットルームのアパートで暮らすことになりましたが、エリックの収入はゼロ。アンバー・ヘイグマンがアルバイトをしながら生活費を稼ぎます。これを4年半も続けるのですから、アンバー・ヘイグマンの役割は相当デカいですよね。

PCゲームの一番大きな流通チャネルはSteamですが、審査が厳しいためエリックのような実績のない個人の開発者が流通に乗せるのは難しいものがありました。しかし、当時はSteam Greenlight(現在は終了。Steam Directへ移行)というある種のクラウドファンディングの仕組みがあり、ユーザーが自分の好きなゲームを投票する仕組みがありました。ここで多くの投票を集め、Chuclefishという小規模のゲーム出版会社と契約することができました。

この本はどんな人にオススメか

まず、ゲーム業界にいる人やゲーム業界に興味のある人にはオススメです。そして、洋物ゲームが好きな人にもオススメです。ここで紹介されているエピソードのほとんどはThe Witcher 3など超有名タイトルなので、プレーしていないまでも名前は聞いたことがあるゲームばかりです。