カタパルトスープレックス

興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|ルービック・キューブ考案者が語る創造性とデザイン|"Cubed" by Ernő Rubik

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ルービック・キューブの考案者エルノ・ルービックの初書籍が今回紹介する"Cubed"です。ルービック・キューブが世に出てから40年以上経過しています。これまでに自伝とか出ていそうなものですが、この本がエルノ・ルービックが初めて書くの書籍。自分とその発明品であるルービック・キューブについて語ります。内容はUXデザイン、成功と失敗、プロフェッショナルとアマチュアなど非常に多岐にわたります。単純な「自伝」ではなく、とても知的好奇心を刺激してくれる良書でした(オーディオブックはScribedにあります)。

Cubed: The Puzzle of Us All

Cubed: The Puzzle of Us All

  • 作者:Rubik, Erno
  • 発売日: 2020/09/15
  • メディア: ハードカバー

本書の構成は「自伝的な部分」と「考察的な部分」に分かれます。時系列的に「自伝的な部分」が全体の骨格を作るのですが、その間に「考察的な部分」が挿入されます。その時点で自分が考えたこと、その時点と現代のつながり。

エルノ・ルービックは子供の頃からパズルが好きだったのだそうです。タングラム15パズルペントミノに夢中になったそうです。立体的なパズルとの最初の出会いは立体型のペントミノだったと振り返っています。また、ルービック・キューブ以前に立方体のパズルとしてはソーマキューブがあったそうです。内向的な性格だったのでパズルのような一人遊びが合っていたそうです。チェスもやったそうですが、誰かと対戦するゲームより、ナイト・ツアーのような一人遊びの方が好きだったそうです。勝ち負けとか興味がない。

自分は全てにおいてアマチュアだとエルノ・ルービックは振り返っています。職業としてはずっと教師ですが、発明家として、建築家として、デザイナーとしてそれぞれにおいてアマチュアだと言います。プロフェッショナルはお金や評価など「外的動機づけ」が必要だけど、アマチュアは自分のやりたいことをやりたい「内的動機づけ」が重要になるとエルノ・ルービックは言います。ただ、アマチュアとプロフェッショナルの区切りも実は曖昧でスティーブ・ジョブズのような人はお金に興味はなく「内的動機づけ」に突き動かされたプロフェッショナルなんだろうと。白黒はっきり分かれるようなものではないだろうと言います。

教師として専門にしていたのは図法幾何学で、ルービック・キューブのアイデアもここから発展していったそうです。エルノ・ルービックがすごいのは想像力だけが創造性ではないと理解しているところです。ちゃんと作れないといけない。ルービック・キューブのプロトタイプは木で作り、輪ゴムや釣り糸で試したそうです。最終的に私たちがしるあの構造までたどり着きます。ルービック・キューブを分解したことがある人ならわかると思いますが、あの構造はすごいですよね。よく一人で考えた。

そして、アルノ・ルービックは根っこはデザイナーなんでしょうね。お父さんがグライダーを専門にした航空デザイナーだったのと同じで。あの形、あの重さ、あの大きさに至るまで試行錯誤します。スムースに動くことも重要。UXデザイナーでもありインタラクション・デザイナーでもあるんですよ。本書でもUXデザインの重要性について言及しています。

さらに、このパズルがちゃんと自分で解けるのかも実証します。すごく難しかったそうです、作った本人にとっても。最初は1ヶ月かかったそうです。「すごく根を詰めて必死にパズルを解いた」といろんなところで書かれているそうなのですが、実際には仕事の合間に楽しみながら取り組んだそうです。ルービック・キューブを解くアプローチとして直感派とアルゴリズム派がいるそうなのですが、アルノ・ルービックは直感的なアプローチと論理的思考で解いたそうです。さらに商用化に向けた特許申請や製造、素材をどうするかなどなど。海外で販売するときの登録商標の問題など紹介されています。 

アルノ・ルービックはお金も地位も名誉も興味がないそうです。だから今まで本も書かなかったんでしょうね。古い車をずっと乗っている。高級な食事や衣服にも興味がない。建築家でもあるので、自分の家を作るのが好きなんだそうです。それができるだけのお金があれば十分。そして、自分の好奇心を満たすことができればいい。だから、いろんなことに興味があるんですね。本書でもルービック・キューブを軸としてAIやシステム思考について思考を巡らしています。

自伝というよりは、様々な考えをルービック・キューブを中心に語ったエッセーのような本です。ルービック・キューブの発明者が存命で、現代の技術や考え方と関わり合いを持ち続けていることが(大変失礼ながら)単純に驚きでしたし、その考察もとてもユニークだと感じました。なぜユニークなのかと言えば、それが借り物じゃないからなんですよね。エルノ・ルービックはとてもユニークなルービック・キューブを一人で作り上げた人なんですから。