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書評|オッサンの言ってることは意外と正しいんじゃないか?|"Lab Rats" by Dan Lyons

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今回紹介する著書のダン・リオンズさん。見ての通り、オッサンです。ずっと編集畑を歩んできて、リストラされる。心機一転、スタートアップ(Hubspot)の世界に飛び込んだもののやっぱりリストラ。スタートアップめ!ざけんじゃねーぞ!とスタートアップ界隈をdisった前著の"Disrupted"が大ヒット。余勢をかってスコープを広げたのが今回紹介する"Lab Rats"となります。

Lab Rats: How Silicon Valley Made Work Miserable for the Rest of Us (English Edition)

Lab Rats: How Silicon Valley Made Work Miserable for the Rest of Us (English Edition)

スタートアップの価値観って本当に正しいですか?

こういう本って下手したら逆恨み感満載の負け犬の遠吠えになってしまいます。ここまでいろんなことに噛み付いていると、単なる狂犬なのではと思われてしまう危険性もある。実際に、これが「ユニコーン」という言葉が生まれた5年前(2013年)だったらそう取られていたでしょう(前著の"Disrupted"は2016年)。

しかし、最近はユニコーンって本当にそれだけの価値があるの?と疑問符がつきはじめてきました。実際に利益が出ている会社なんてほとんどない。GoogleやFacebookは例外中の例外(統計でいえば異常値)であって、本当はシリコンバレーのやり方は正しくないんじゃない?

スタートアップという病

大企業でもスタートアップ的なやり方を取り入れることが多くなってきました。この本で冒頭に出てくるレゴ・シリアスプレイなんて典型的な大企業向けスタートアップ風ワークショップですよね。ボクもアムステルダムに住んでいた頃にいくつかシリアスプレイのワークショップに参加したことがあります。面白いとは思ったけど、特に何かの役に立ったということはありませんでした。

ダン・リオンズは「わかっている人はわかってる、こんなこと意味ないと」と言います。しかし、こういうスタートアップ的なものに意味がないというと周りから「古臭くてダメなやつ」というレッテルが貼られる。チームプレーヤーだと思われない。だから、声を上げることができない。あれ?同調圧力って日本独特なものではないんですね!

どこで資本主義は間違ったのか?

マイケル・ムーアの『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』が2015年に公開されたのは偶然ではないでしょう。ボクたち戦後の日本人はアメリカからの影響を強く受けているので、アメリカの価値観が世界の価値観だと思ってしまう傾向があります。グローバルスタンダードといっても、それはアメリカのスタンダードだったりします。それを二つの金融危機を通じてアメリカ自身が気づいたのがこの頃だったのではないでしょうか。そして、アメリカ資本主義の価値観をドーピング強化したのがベンチャーキャピタルが作ったスタートアップのエコシステムというのがダン・リオンズの見立てです。

ダン・リオンズも資本主義自体が間違ってるとは主張していません。どこかで道を間違えたとしたらそれはミルトン・フリードマンではないかと主張しています。つまり、会社は株主の利益を追求すべきという考えに基づいた資本主義ですね。最近の書籍ではミルトン・フリードマンは悪者として描かれることが多い気がします。利益追求こそが企業の役目という姿勢がそもそも間違ってない?ということです。人の幸せってそういうことだっけ?

アメリカ企業で人事(じんじ)は人事(ひとごと)な理由

アメリカ企業は組織の新陳代謝が早いと言われています。これは、生産性の低い社員を生産性の高い社員に常に置き換えるからです。年功序列ではなく、実力主義だからというのは表面上のことです。それはシリコンバレーの男性至上主義なブロカルチャーが批判されていることでもわかりますよね。純粋に実力が評価されるのであれば、女性やマイノリティーの割合はもっと高いはずです。

シリコンバレーだけでなく、大企業でも「実力主義」は様々な行動に表れています。例えば、PIP(業務改善プログラム)という社員のクビを切る仕組みが大抵どこの会社でもあります。本来は文字通り、パフォーマンスの悪い社員の改善を助けるプログラムなのですが、慣習としては裁判を起こされないようにちゃんとクビを切る手続きとなっています。

コンサルティング会社などではUp or Out(上にあがるか、会社を去るか)と言われますし、最悪な場合はburn them out, churn them out(燃え尽きさせて、追い出せ)なんて言われます。特に給与のインセンティブが高い(歩合制:基本給が50%で歩合ボーナスが50%とか)の営業に多いのですが、このインセンティブミックスで歩合の割合が高いほどギャンブルに近くって、「今期刈り取りすぎて、来期は成績が達成できなそうだなー」なんてなると辞めてしまいます。この場合は雇用側も置き換え可能なモノとして社員を見てしまうし、雇用される側も企業(とその顧客)を焼畑農業の農地としてみてしまう。

このような社員やパートナーを代替可能なモノとして扱う考えの発端はフレデリック・テイラーなのだそうです。そして、そのシリコンバレーの伝道師が"We are a team, not a family"で有名なNetflixの創業者リード・ヘイスティングであり、それを忠実に人事のトップとして実践して自らもNetflixをクビになったパティー・マコード、「ブリッツスケール」を提唱しているLinkedInの創業者リード・ホフマンです。PayPalマフィアの中でリード・ホフマンはまともな方だと思っていたのですが、ダン・リオン的には他の「クソ野郎」と同じだそうです。

ギグ経済で人が商品になる(サービスとしての人間:Human as a Service)

この究極の形がギグ経済だとダン・リオンズは言います。ギグとは小さな請負仕事のこと。クラウドソーシングがこのギグ経済を作り上げました。フリーランスの人たちが正規雇用とならずにクラウドソーシングで仕事を得ることができるようになりました。それなりに生活費は稼げていて、それでも本当に時間が余っている人にはすごくいいですよね。基本の生活費ではなく、プラスアルファをクラウドソーシングで稼ぐ人たち。でも多くの場合は企業に所属して安定した収入を得ることができない人たちが基本の生活費を稼ぐためにクラウドソーシングで小さなギグを拾っています。

ギグ経済って企業(資本家)にとってはとても都合がいい。だって、正規雇用をしなくていいから、コストをいつでも最適化できる。いつでもクビにできる。社会保障費も必要ない。福利厚生も必要ない。

Uberはこの本の中で悪い例として頻繁に出てきます。Uberは人を人として扱わないことで有名です。少なくとも、トラヴィス・カラニックがCEOの頃はそうでした。Uberの立場からすれば「空いている時間を自由に使ってお金を稼げる仕組みを作ってる。嫌なら使わなければいい」だし、働いている立場からすれば「ドライバーを最低賃金以下で社会保障もなく働かせている。Uberのおかげでタクシーでは働けなくなった。」になる。

洗脳ツールとしてのアジャイル

人事が開催するトレーニングって洗脳儀式めいたところがあります。もちろん、仕事で本当に役に立つトレーニングもありますよ。プログラミング言語とか英会話とか。ハードスキルですね。ソフトスキルだとクリティカルシンキングとかデザイン思考も、まあ悪くはない。それを実際に使って仕事をする機会はたくさんある。でも、冒頭で紹介したレゴ・シリアスプレイあたりになるとかなり怪しくなってくる。「こういうマインドセットで働いてくださいね」という型にハメてくる。ちょっと前だと『7つの習慣』とかね。

もちろん、これは人事としては「企業文化」を作るためにこういうソフトトレーニングをやっています。悪気があるわけではない。英語に"weed out"(雑草を刈る)という言葉がありますが、「企業文化」に合わない人材は雑草なので出て行って欲しい。Zapposトニー・シェイがホラクラシーを導入するときに30%の従業員が会社をさったのと同じですね。そこまで大胆じゃないにしても、洗脳系のトレーニングに参加する方もそれは理解しているから分かったフリをする。外資系企業ってそうですよ。

ダン・リオンズはアジャイルもこの部類に入るとしています。結局のところ、ウォーターフォールもアジャイルも手段でしかない。アジャイルが適切な開発があれば、ウォーターフォールが適切な開発もある。それを一つの枠に押し込めては、適材適所ができなくなってしまう。アジャイルが開発だけに留まっていればまだいいが、アジャイルマーケティングとか本来のアジャイルとは関係ない「アジャイルほにゃらら」になると怪しさが一気に増してきます。アジャイル自体がそれほど歴史がないのに、その亜流の「アジャイルほにゃらら」が成熟した手法であるはずもなく、実績もない。それでも企業研修に取り入れられているする。それは、実際のスキル開発というよりは「企業文化」のため。つまり、洗脳ツールとしての機能を求められている。

新しい資本主義

もちろんダン・リオンズは文句を言っているだけでなく、目指すべき方向も(本人が認めるように不完全ではありながら)示しています。ベンチャーキャピタルはミルトン・フリードマンの「悪しき資本主義」の究極の形ですが、「よい資本主義」を目指す新しいベンチャーキャピタルが誕生してきています。その代表例がLotus 1-2-3を開発したロータス創業者のミッチ・ケイパーが設立したケイパー・キャピタルです。

ケイパー・キャピタルのミッションは「社会に存在する格差を埋める」ことです。地域格差、人種格差、性別による格差。こういうことをなくしていくスタートアップに投資しています。実はかなり初期の2010年にケイパー・キャピタルはUberにも投資をしていました。そして、Uberが創業者であるトラビス・カラニックのセクハラ疑惑が浮上すると、Uberの取締役会と投資家に向けてブログでオープンレターを公表しました。

投資家は投資した企業の価値を最大化することを目的としています。なので、たとえその企業が(利益以外のいことで)うまく行っていなくても、大っぴらに批判することはありません。それは企業価値を貶めてしまう可能性があるからです。しかし、ケイパー・キャピタルはあえてそれをしました。このケイパー・キャピタルはシリコンバレーの伝統的な投資家からは非難されましたが、ケイパー・キャピタルは彼らのミッションに忠実であっただけです。

新しい資本主義に方向転換するには投資家だけでなく、企業も変わらないといけません。その代表例がBasecampです。Basecampの創業者たちが書いた"It Doesn’t Have to Be Crazy at Work"についてはそのうちに書評として紹介します(鋭意執筆中)。

この本はどんな人にオススメか

何事も過ぎれば「宗教」となり、盲目的に信じてしまいます。アジャイルもリーンもデザイン思考もそれは同じです。たまには距離をとって客観的に見つめることも大切です。この本はいわゆるスタートアップ的な見方をクールに見つめ直すのに最適です。