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書評|OMOの生みの親が至るAIと愛の境地|"AI Superpowers" by Kai-Fu Lee

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頭のいい人はフレームワークで考えて整理整頓するのが非常に上手です。今回紹介する"AI Superpowers"の著者であるカイ=フー・リーもその例に漏れず、AIを中国とシリコンバレーで比較するという入り組んだ題材をうまく整理しています。OMOというキーワードが日本でも話題になりつつありますが、その考え方の生みの親です。

また、自身のガン闘病生活を通じて「何が大切なのか」を改めて学んだ視線は無味乾燥なロジカルだけの分析とは一線を画するものです。今のところ2018年に読んだ本の中ではベストですね。

AI Superpowers: China, Silicon Valley, and the New World Order

AI Superpowers: China, Silicon Valley, and the New World Order

 

この本は大きく分けて二つに分けることができます。前半はAIに必要な要素を一つづつ検証し、中国がいかにシリコンバレーに対して競争力があるかを分析しています。

AIの発展に必要な4つの要素

まず、大前提として、AIはすでにブレイクスルーはある程度出尽くして、いかに実行していくかという段階に入っているとしています。カイ=フー・リーの見立てでは次のブレイクスルーが起きるまで数十年かかるそうです。ブレイクスルーが必要な段階では基礎研究が強い欧米が強いが、既存のアイデアを実行に移す場合は中国に利があると分析しています。

そして、実行の段階において、カイ=フー・リーはAIの発展には以下の四つの要素が必要だと説きます。

  • 起業家
  • データ
  • エンジニアリング
  • 政府のサポート

中国の起業家

まずは起業家。カタパルトスープレックス でも中国のスタートアップをたくさん紹介してきました。この本でもトウティアオ(头条)シャオミー(小米)メイトゥアン(美团)がどのように模倣からオリジナルにたどり着き、激しい競争を勝ち抜いてきたかを描いています。シリコンバレーがテクノユートピアンで理想主義だとしたら、中国はテクノユータリタリアンで実利主義だとします。

理想主義はオリジナルのアイデアを大切にして、模倣は悪とします。これがシリコンバレー流。実利主義は競争に勝つことが大切で、模倣をよしとします。トウティアオもメイトゥアンも多くの模倣者を蹴散らして今の地位があるわけですものね。

データは中国が有利

アリババやテンセントの例を見てもわかるように、中国ではデータが急速に蓄積され、AIに絶えず供給されています。アメリカのプラットフォーマーはGAFA、中国のプラットフォーマーはBATと呼ばれています。

カイ=フー・リーはグーグル、アマゾン、フェイスブック、(アップルではなく)マイクロソフトにアリバババイドゥテンセントの7社をAIの7人の巨人と呼んでいます。この巨人たちが発電所と送電線のようなグリッドアプローチだとしたら、スタートアップは乾電池のようなバッテリーアプローチだとしています。

発電所と乾電池のどちらのアプローチが最終的に勝利するのかはわかりません。大量のデータでより一般的なAIを実現するのか、よりニッチなデータである分野に特化したAIを実現するのか。どちらのアプローチも正しい可能性があります。

この辺くらいまではカタパルトスープレックス の中国系の記事を読んでいる人にとってはあまり新しい発見はないかもしれません。しかし、カイ=フー・リーの真骨頂はここからです。

OMOとAIの4段階の進化

日本でもOMO(Online Merge Offline)が話題になっていますが、このコンセプトはカイ=フー・リーが打ち出したものです。これまでのO2O(Online to Offline)と比べ、デジタルとリアルの境界線はOMOでは非常に曖昧になります。

OMOを理解するためにはAIの4段階の進化を理解する必要があります。

  • インターネットAI
  • ビジネスAI
  • パーセプションAI
  • オートノマスAI

インターネットAIとはGoogleの検索語のサジェスチョンやAmazonのレコメンデーションを指します。インターネット企業の源泉ですね。トウティアオのAI記者やフェイクニュースの検知もこの分類に含まれます。

ビジネスAIとはAIの分析を実際のビジネスに結びつけることを指します。例えば、保険のリスク評価や銀行の貸し出しのための与信などです。AlipayやWeChat Payによる信用経済はどはここに当てはまります。

ここまでがO2Oの世界です。

パーセプションAIからOMOの実現が可能になります。パーセプションとは認知ですね。視覚や聴覚、味覚などです。センサー技術で取得した画像や音声などのデータをAIが高度に理解することによりパーセプションAIが実現されます。

Amazon Goはそのいい例ですね。Amazon Goなどのレジなし店舗はこれまでのRFIDでのモノの管理ではなく、カメラによる画像データをAIで解析することにより、モノだけでなくヒトも認識します。リアルの世界をセンサーによって視覚や聴覚を持ったAIが理解することによってOMOが実現されます。

オートノマスAIは自律化するAIです。代表例は自動運転のクルマですね。この自律化はクルマだけにとどまりません。例えば工場。工場はかなり高度に「自動化」されていますが「自律化」はされていません。現在はAIが需要を予測して自律的に生産計画を変更してラインを組み立てたりはできていません。

また、いちごが熟して収穫に最適かどうかを判断は人の目で判断する必要がありますが、これをセンサーで感知して自律的にいちごを収穫するTrapticのようなスタートアップも出はじめています。

人とAIの共存

前半のロジカルなカイ=フー・リーも素晴らしいのですが、ボクは後半の人間らしい部分に特に引き込まれました。前半は中国とシリコンバレーを比べて中国の優位性を熱心に説いています。そのロジックは理解できるものの、勝ち負けで分けるようなものでもないだろうと思ってしまう部分もあります。しかし、後半は中国とかシリコンバレーとかではなく、世界のどこの国も果たすことのできる役割があると。え?本当に前半と後半は別人間が書いてる?というくらい。

前半は台湾で生まれ、アメリカで育ち、アップル、マイクロソフト、グーグルとアメリカ企業の出世競争を勝ち抜いてきたアジア人特有のアグレッシブさが前半ににじみ出ています。アメリカ企業がいかにアジア市場を理解しようとせず、アメリカ流こそグローバル流として押し付けてきたことに反感を覚える気持ちも、同じ環境にいたものとして理解できます。

しかし、ガンと診断され余命僅かと宣告されてから彼の物事の見方が大きく変わります。カイ=フー・リーはいわゆる「仕事人間」でした。長男誕生の時も当時のアップルCEOとのジョン・スカリーへのプレゼンが気になって仕方なかった。付き合う人間も「自分にとっての価値」を考えて選別していました。仕事の効率こそが善。機械のような考え方をしていたそうです。

後半は前半とかなりトーンが変わります。アグレッシブで競争が大好きな面は薄れ、人間として何が大切なのか、そのためにどうやったらAIと共存できるのかを様々な側面から検討します。もちろん、現時点で答えはありません。しかし、AIと人間の違いは「愛すること、愛されること」の喜びだという慧眼はガン闘病生活を経て得るに至った境地ですよね。