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興味がない人は無理して読まなくていいんだぜ。

書評|「仕事とは何か」をビッグヒストリー的なアプローチで解き明かす|"Work" by James Suzman

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生産性は技術革新のおかげでかなり上がりました。しかし、それでも私たちは仕事をしています。生産性が上がって、仕事が減るどころか増えています。

ケインズは「生産性が上がり、2030年には労働時間は週15時間になる。21世紀最大の課題は余暇になるだろう」と予測しました。経済における「約束された場所」のはずでした。2030年にはまだ少し時間がありますが、労働時間は減りそうにありません。いったい、何を間違ってしまったのでしょうか?

日本でも『「本当の豊かさ」はブッシュマンが知っている』が翻訳されている人類学者ジェイムス・スーズマンの新著"Work"はこの問いに対してビッグヒストリー的なアプローチで答えようとしている意欲作です。

なぜ、ケインズの予想は間違えたのか。この問いに対しては多くの論者が解き明かす試みをしています。ルトガー・ブレグマンの『隷属なき道』も同じテーマですよね(もちろんハイエクの『隷属への道』にかけているわけです)。ジェイムス・スーズマンは既に手垢がたくさんついたテーマをビッグヒストリー的な切り口でアプローチしていきます。

ビッグヒストリーはビッグバンから138億年の歴史を体系的にまとめる試みです。138億年間を8つの臨界点(スレッショルド)に分けています。ジェイムス・スーズマンは「仕事」に焦点を当てて、生命の誕生からサービス産業の台頭までを4つの集合点(コンバージェンス)に分けて分析しています。

どこまで遡るのか?なんとカンブリア紀まで遡ります。世界はエントロピーに支配されている前提では、生命はとても不思議な存在です。遺伝子などもカオスにはならずに秩序を持って成長します。(実際はそうではないですが、)生物はエントロピーに抗っているように見えます。エントロピーに反して成長するにはエネルギーが必要ですし、生物として複雑なほどエネルギーが必要となります。そこで、ジェイムス・スーズマンは仕事(work)の定義を「ある目的を達成するタスクを遂行するために意図的にエネルギーを使うこと」としています。仕事(work)は作業(job)と違う。これまでの経済学者の仕事(work)の定義「経済的なニーズを満たす」だと狭すぎるし、そもそもケインズの問題を解決できない。

なぜ、「経済的なニーズを満たす」では説明できないことがある。まだ人類が農業を始める前を説明できません。狩猟を生業としていたときは週に15時間も働いていなかったことが最近の考古学の研究でわかってきています。ケインズが予測した(そしてまだ到来していない)週15時間労働の世界は既に昔に到達していたのです。では、なぜ働くのか?経済的な問題を解決することでは説明できません。

ジェイムス・スーズマンの仕事の定義「意図的にエネルギーを使う」は脳の役割「生存のためにエネルギーを使う」と同じなのが面白い。スーズマンは最新の脳科学についての知識もあるようです。いや、スーズマンは自身の専門の人類学だけでなく、経済学や考古学など様々な分野に精通しているようです。本書ではデヴィッド・グレーバー『負債学』『ブルシット・ジョブ』にも言及されていますし、ガルブレイス『ゆたかな社会』にも言及されています。

ゆたかな社会: 決定版 (岩波現代文庫)

ゆたかな社会: 決定版 (岩波現代文庫)

ジェイムス・スーズマンはポリマスなんだと思います。ボクたちはつい先日デヴィッド・グレーバーという素晴らしいポリマスを失ったばかり。スーズマンがデヴィッド・グレーバーの後を継いでくれたらすごく嬉しいのですが。